光延一郎(イエズス会社会司牧センター)
この「100年」という区切りは、日本と朝鮮半島および東北アジアにおけるこれからの平和の新たな出発点として 記憶されねばならぬだろう。「併合条約」は、ちょうど100年前の8月22日に日本の武力的圧力の下で調印され、29日に公表された。その一週間で、統監 府はすべての新聞を廃刊にし、独立運動家には監視をつけ、ソウルの南山には大砲を据えるなど、韓国民衆の反抗に対して万全の準備をかためていた。この「併 合」条約調印は、明治初期以来の日本国家の国是ともいうべき「征韓論」の完成であり、朝鮮半島の植民地支配とこれに続くアジア諸国への侵略の本格的な開始 であった。この歴史を私たちは今日どのように受けとめ直すべきなのだろうか?
さまざまな催し
「韓国併合100年」については、日韓両国間の経済関係の緊密化や韓流ブームによる文化交流などにより激増した人と物の往来に応じて、日本でもさまざまな レベルで催しや報道がなされた。NHKでは、併合が完成されていく時代を描いた司馬遼太郎氏の小説『坂の上の雲』をドラマ化し、「併合100年」をはさむ ように3年間にわたって放映中である。
司馬氏の「戦前の日本は大嫌いだが、明治は大好き。武士道のモラルが機能していた『少年の国』明治日本の栄光を、昭和の日本人は民族的な痴呆化により軍 部独走を招いて破綻させた」とする歴史観に対しては、近年の歴史研究から、明治日本の数々の暴力的史実についての見落としがあると指摘されている。そうし た危惧が著者自身にもあったのか、司馬氏はこの小説の映像化には消極的であったといわれる。NHKは『坂の上の雲』ドラマ化への弁明としてか、日本と朝鮮 半島の間の関係を焦点とした特別番組(『プロジェクト・ジャパン・シリーズ』)も放映した。
日韓の歴史研究者によっても「韓国併合100年――日韓知識人共同声明」が発表された(雑誌『世界』2010年7月号)。それは次の三点を骨子とする。①「併合」は明治初期に始まった日本による長期にわたる侵略の積み重ねにより強制されたものである。②併合条約が韓国側の自発的合意であるとするのは偽りである。③ そして1965年の日韓国交正常化に際して結ばれた日韓基本条約第二条「1910年8月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及 び協定は、もはや無効であることが確認される」の「もはや無効である」は、日本政府による解釈のように1948年の大韓民国成立時に無効になったとするこ とはできず、併合条約は元来不義不当であったとする韓国側の解釈を共通に受けいれるべきだとする。
キリスト教界からも、日本と韓国のNCC(プロテスタント・キリスト教協議会)は、2010年8月15日に共同声明を発表した。それは「私たち日本と韓 国の両教会は、植民地時代に対する罪責告白に基づいて過去の歴史的な真実を絶えず明らかにし、共に確認し合った罪を告白、心新たに和解と平和の新しい未来 も共に拓いていくことを誓う」としていくつかの課題を挙げている。日本のカトリック教会は『2010年 平和旬間を迎えるにあたって』との池長潤司教協議 会会長談話において「(韓国併合100年という)この歴史の大切な節目に、私たちカトリック教会の責任を含め、日本の植民地政策がどのようなものであった か、それが人々をどう傷つけてしまったのかを真摯に振り返ることが大切です」と述べるに留まった。韓国カトリック教会はこの問題については沈黙したが、そ こには日本による植民地支配や戦後の軍事政権に対する自らの歴史的責任について、未だ十分な振り返りがなされていないとの自覚もあるようである。
日本政府からも、菅直人総理により「韓国併合100年」についての首相談話が8月10日に発表された。そこで菅首相は「植民地支配がもたらした多大の損害 と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を述べるなど、いくつかのメッセージを発した。韓国政府や日本の大メディアはこの談話を 「進展」と評価した。しかし韓国のメディアや市民運動からは、日韓両国民の間に今なお未解決のままわだかまる諸問題、すなわち「併合条約」の適法・有効 性、植民地支配の実態真相究明と被害者への謝罪賠償、朝鮮半島南北分断への日本の責任、朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化など、植民地支配清算への実 効的な方策については何の言及もないとの批判もあった。
日韓市民共同宣言
筆者は、朝鮮半島の植民地支配の清算を求めるさまざまな日本の市民運動団体が共同して結成した「韓国強制併合共同行動」(共同代表:伊藤成彦、姜徳相、 鈴木裕子、宋富子、中原道子、山田昭次の各氏。日本カトリック正義と平和協議会、平和を実現するキリスト者ネットなどキリスト教界からも賛同された)にか かわってきたので、以下、その取り組みを報告したい。
この共同行動実行委員会は2010年1月31日に、東京・早稲田奉仕園スコットホールで結成された。参加しているのは、まさに菅談話がすり抜けた日本に よる朝鮮半島植民地支配の歴史清算をめぐる諸問題を、被害者との実際のかかわりの中で解決に向けて努力している日本の市民たちである。この人々は、韓国で 同様の問題と取りくんでいる市民と協働しながら、「韓国併合100年」に対しての「日韓市民共同宣言」を策定し、8月22日から29日の一週間に日韓両国 で記念行事と大会を行うことを目標とした。その市民宣言は、日本による植民地支配が残した本質的懸案の全体像を示し、その解決に正面からとりくむための課 題と行動計画を提起する。それによって朝鮮半島における負の歴史を清算し、傷つけられた人間の尊厳を回復して真の和解を目ざし、東アジアと世界の平和な未 来を築こうとするものである。
この市民宣言の基礎にあるのは、2001年に南アフリカのダーバンにおいて国連主催で開催された「人種主義、人種差別、外国人排斥及び関連のある不寛容 に反対する世界会議」から発せられた「ダーバン宣言」である。それは、過去数百年にわたりアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの多くの民族・民衆を苦し めた奴隷制と植民地支配が人類に対する犯罪、「人道に対する罪」であると断じ、その被害がなお継続している現実を直視し清算を行うことが世界と責任のある 諸国の歴史的課題であることを宣言している。
グローバル化が進み、地球がますます一つになっていくこの世界にあって、こうした人類的な視野を共有しながら、日本と韓国・朝鮮、東アジアの市民が手を携えていくことは、この地域の平和にとって必須であろう。
8.22市民共同宣言日本大会
8・22 「市民共同宣言日本大会」
「韓国強制併合100年日韓市民共同宣言日本大会―植民地主義の清算と平和な未来を」は、8月22日に東京・豊島公会堂で開催された。主催者の心配を吹き払うように人々が続々と押しかけ、結局1000人の参加者が場内を満員にした。
宋連玉氏と庵逧由香氏の基調講演に引き続いて、植民地支配下被害者の証言と現在の課題についての発言が行われた。「慰安婦」にされ、いまだにそれを家族 にも公言できない苦しみをかかえるハルモニ。九州の炭鉱に連行され、奴隷のように非人間的にあつかわれたことの真実を明らかにしてほしいと声をふりしぼる 老男性。サハリンに連行された人々の家族離散の悲しみ。関東大震災時の朝鮮人虐殺の調査や国家責任、謝罪を放置している政府に憤る日本人。在日韓国人とし て日本社会で育ってきた自己史において、外国人登録・指紋押捺問題で初めて知ることとなった父母が受けた植民地支配の屈辱。授業料無償化からの除外問題で 揺れる朝鮮高校生徒として、身をもって受けた日本社会の冷たく厳しい風、自分の民族的アイデンティティを深めたいとの望みがなぜ悲しみの連鎖となるのかと の疑問。…など聞く者の琴線に触れる訴えが続いた。
ミニ・コンサートで彩を添えた歌手・沢知恵さんは、お父様が日本人の牧師、お母様は韓国人。母方の祖父・金素雲氏は、岩波文庫『朝鮮詩集』の訳者であ る。日本語と韓国語で「アメイジング・グレイス」「こころ」「朝露(アッチミスル)」などを歌ってくださった。長い夜からの解放とそこで磨かれ澄んだ心を うたう沢さんの歌声は、この会に集まった人々の想いとぴったり共振するものだった。
最後に「植民地主義の淸算と平和実現のための日韓市民共同宣言」が読み上げられた。前半部では「韓国強制併合」をめぐる歴史がふり返られているが、この宣 言の核心は後半の「私たちの要求と行動計画」である。菅総理の談話が触れなかった諸問題の一覧が、日本政府への要求として挙げられている。すなわち、植民 地化によるジェノサイドの真相究明。 3・1独立運動弾圧の死傷者調査。関東大震災および独立運動などの治安弾圧でなされた虐殺の真相調査と補償。強制連行や性奴隷の真相究明と補償。朝鮮人原 爆被爆者の調査と救済。空襲被害者援護法の制定。サハリン残留の真相究明と補償。シベリア強制労働の謝罪と補償。BC級戦犯と遺族への補償。韓国人の靖国 合祀取消と賠償。動員されて死亡した朝鮮人遺骨、略奪文化財の返還。高校無償化適応除外など在日朝鮮人への差別・排外政策の撤廃。植民地支配の清算を前提 としての日朝国交正常化。学校における日の丸・君が代強制拒否者への迫害の中止。独島を領土として教科書に記述する措置の中止。日朝史を正確に記した歴史 教科書の編集発行。歴史教育をめぐる教員への迫害を止め、日韓中で共通の歴史教科書の作成を目指すこと。
さらに、これらの課題の解決のために、この宣言へ理解と支持を広げて議会での意見書採択をも押し進め、「植民地支配真相究明法」や過去の清算のための課題に取り組む政府機関の設置を求めること、日韓市民の国際連帯の強化など、行動計画が宣言された。
8.22市民共同宣言日本大会
8・29 ソウル大会
韓国での「強制併合100年共同行動」記念行事は、ソウルの成均館大学で行われた。8月27・28日の国際学術大会、また若い世代の人々の「真実と未来の ための青年学生フォーラム」、夕べには韓日合唱団のコンサートなどの文化行事、そして29日には一連の記念行事の閉幕式として「日韓市民共同宣言」が朗読 され採択された。
ソウルでの記念行事には、日本からも150名以上の人々が参加していた。筆者も「平和を実現するキリスト者ネット」の人々と共にソウルに赴いた。このグループは、学術大会の合間をぬって、天安市の「独立記念館」(1980年代に日本の歴史教科書が自国の侵略の事実と向き合っていないことに対して韓国民か ら基金を募って建設された)、提岩里教会(チェアムリ教会。1919年の「3・1独立宣言」に引き続く「万歳独立運動」の中で青年30名ほどが集められた 教会に日本軍が火を放って虐殺した事件の現場)、「DMZ(非武装地帯)」なども見学し、また平和問題に取り組んでいる韓国のキリスト者たちとも対話する ことができた。
27日からの国際学術大会では、日本から荒井信一氏、韓国から姜萬吉氏による基調講演に引き続き、2日間にわたり「被害」「清算」「平和」「未来」とい う4部構成で日韓中の研究者・専門家の発表と討論が行われた。著名な歴史学者である姜萬吉氏は基調講演で「去る世紀、同一文化圏の地域を強制的に支配して いた民族も、支配されていた民族も、平和を指向する21世紀には、世界平和に貢献しなければならない世界市民的な義務がある」として、「そのためには、徹 底した反省と清算が前提条件である。ところが日本は、20世紀の侵略を反省しないだけでなく、あいかわらずアジア大陸に背を向けている。日本がもう一度、 東アジアに戻るなら朝鮮半島の平和にも寄与するだろう」と述べた。
8月29日は、前夜から大雨が降り続いていた。日本からの参加者は、日帝支配に抵抗する人々が収監された西大門刑務所跡の歴史記念館で開催されている 「併合100年特別展」を観た後、南山の旧統監府跡での「強制併合条約締結地標石」の除幕式にあずかった。その地は、軍事政権下ではKCIAの本部ともな り韓国民からは常に恐れられる場所だったが、今は大きな国際ユースホステルが建設され、若者たちの国境を越えた出会いの場になっている。
あいにくの大雨ではあったが、韓日の国会議員、市民、学生などが雨にぬれながら300人ほど参列し、熱気ある序幕式となった。ソウル市議会議長の万歳三唱は、1919年の「万歳独立運動」を彷彿とさせたが、その発声が過去への恨みではなく「植民地主義克服のために、マンセー!」「東アジアの平和のため に、マンセー!」と将来に向けられていることが印象的だった。併合条約締結日を韓国では「国恥日」と呼ぶが、日本にとっては、隣国を力で抑圧したこと、ま たその反省を将来に生かそうとせず記憶を忘却させていることこそが「国恥」なのだと思う。
成均館大学での閉幕式では、鉦や太鼓で囃すサムルノリや創作パンソリ、慰安婦ハルモニの気持ちを歌った女子高校生など若い人々のパーフォーマンスを交 え、各界からの来賓による挨拶の後、青年学生の共同宣言文と日韓市民共同宣言が朗読された。日本大会と異なるのは、さまざまな市民グループがそれぞれの分 野別の行動計画を発表したことだった。
発表者たちが、それぞれの現場での目標実現に向けての決意を会場の人々としっかり分かち合っているのを感じた。終わりには、笑顔の日韓市民が隔てなく声を 合わせて歌い、手をとり合って踊っていた。数百人だけの輪ではあったが、この姿こそが日本と朝鮮半島、東アジア、さらに世界中の人類同士のあるべき姿の先 取りなのだと思った。
8.22 市民共同宣言日本大会
「白い服」の隣人から学ぶ
以上のように、今年の8月末の一週間において、私は隣国の人々とつらい過去を共にふり返ることから、向かうべき未来、掲げるべき理想を分かち合うという 幸いな時をもつことができた。日本がこれまでしてきたように、歴史を隠したり、誠実に向き合うことを避けていたのでは、国と国、またその民同士の関係が表 面に留まるのは当然のことである。自らの誤りを謙虚に糾明する悔い改めの態度にこそ、慰めと光が注がれ、真の交わりも再生していくだろう。自らをふり返る ことの乏しかった日本人としては、とりわけ韓国の人々が長年耐えしのんだ抑圧によって鍛えてきた、自由と正義への勇気ある展望と行動力に学ぶべきことが大 いにあるように思う。韓国民衆の気性の底に垣間見られる清い心、「恨」を晴らしてそれを「赦し」にまで昇華させる心の力にも、キリスト者としてならいたい と思った。
「韓国強制併合100年日韓市民共同宣言」についての問合せは「韓国併合100年共同行動」日本実行委員会まで。 〒169-0075新宿区高田馬場3-13-1-B1 ピースボート事務局気付 電話:03-3363-7561/FAX:03-3363-6309 |