2000年4月に介護保険制度がスタートして今年で10年。その間、介護サービスの種類と量は大きく増えた。その一方で、既存の介護サービスに使いにくさ を感じる人や、利用したくてもできない人がいることも事実だ。この映画は、そんな介護保険制度の谷間にいるお年寄りたちと、かれらを支えようと小規模な介 護施設を立ち上げた若者たちの姿を描いた、ドキュメンタリー映画だ。

  登場するのは4つの施設。「いしいさん家(ち)」は千葉市にあるデイサービスの施設。代表の石井英寿さんが4年前、それ まで勤めていた介護施設の同僚だった妻といっしょに、30歳の時に開所した。スタッフは21人、利用者は26人。石井さんと妻だけでなく、両親、子どもた ち、祖母までも、施設でボランティアとして手伝っている。最近、自宅を開放して、若年性認知症の人たちのための施設も始めた。お年寄りと有障者(障がい 者)、子どもが一緒にいられる場所づくりを目指している。
  千葉県木更津市の「井戸端げんき」は、伊藤英樹さんが8年前、30歳でオーブンしたデイサービス施設。14人のスタッフで、利用者25人を世話してい る。伊藤さんは他にも、宿泊施設や有障者のデイサービス施設も運営している。伊藤さん自身、フリーターやひきこもりを経験しているだけに、さまざまな若者 をスタッフに採用して、常識にとらわれない介護を実践している。
  埼玉県坂戸市の「元気な亀さん」は、この中で一番古い施設だ。代表の瀧本信吉さんが1986年、36歳の時に立ち上げた。スタッフは18人で、利用者は お年寄り21人(うち宿泊20人)、通いの有障者8人、学童保育も2人、行っている。瀧本さんは、「制度に合わせるのではなく、お年寄りや有障者に寄り添 おうとすれば、無認可施設にならざるを得ない」と、介護制度の矛盾を指摘する。
  京都府城陽市の「優人(ゆうと)」は2009年4月にオープンした、この映画では一番新しい施設だ。園長の大川卓也さんは、奥さんと一緒に28歳で施設を オープンした。デイサービス、ショート・ステイ、有障者児童、病院や買い物の付き添いなどを、夫婦二人でこなしている。介護保険ではまかないきれない、時 間外や緊急のニーズに丁寧に対応するため、無認可施設の道を選択した。試行錯誤を繰り返しながら、制度のすきまにいる人たちのニーズを実感している。

  この映画に出てくる施設のスタッフたちは、確かに素晴らしいし、その働きぶりも感動的だ。だが、それ以上に魅力的なの は、介護を受けるお年寄りや有障者の姿だ。気に入らないことがあると、介護スタッフに八つ当たりするのに、子どもを相手にすると、とろけるような笑顔にか わる、79歳の元校長先生の男性。車いすに乗った奥さんのことも、時どき誰か分からなくなるのに、毎日大工の仕事に出かけようとする、80歳の男性。知的 障害があり、徘徊が激しいため、あちこちの施設から入所を断られてきたのに、「元気な亀さん」ではスタッフに見守られながら、他の入所者の世話までする 62歳の女性。
  当人も大変なら、スタッフも大変なのに、笑顔が絶えない。「苦手な人には無理にやさしくしなくていい。そのかわり、情がわいたお年寄りには、徹底的にや さしくする。その方が、スタッフが力を発揮する」という伊藤さんの言葉に、マニュアルにはない人と人とのつき合いを見ることができる。
マラソン中に心筋梗塞で倒れ、脳に後遺症を負った男性は、病院や介護施設を転々とした後、「元気な亀さん」でデイサービスを受ける。ある日、車で自宅に 連れ戻される途中、運転していた奥さんに「戻れ」と言う。「元気な亀さん」に戻った男性は、「ただいま!」と言って中に入る。奥さんはそれを聞いて、鳥肌 が立ったそうだ。彼にとって「元気な亀さん」がどんな場所か、よく示すエピソードだ。

柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)