アベベ サレシラシェ
特定非営利活動法人 アデイアベバ・エチオピア協会

 

エチオピアはアフリカの角に位置し、人口は約1億2千万人、国土は日本の約3倍である。古代より続く国のひとつであり、独自の文化、言語、文字体系を持ち、多種多様な人々が暮らしている。エチオピアは、コーヒーとナイル川の発祥の地である。そして、ヨーロッパの植民地支配によるアフリカの激動の最中、独立を堅持してきた。

1974年、最後の皇帝は、共産党の軍事政権によって廃された。それ以来、エチオピアは独裁政権の下に置かれ、さまざまな民族の対立と不安定さを経験した。政情不安のため、多くの若者が国外に脱出し、主に欧米に亡命を図っている。その数はとても少ないが、日本にも難民がいる。

私は1990年代に奨学生として来日した。当時はまだ、エチオピア人の数は少なく、そのほとんどは学生だった。私たちは「在日エチオピア人共同体」という、法人格のない協会を設立した。エチオピアの新年を祝うため、年に一度集まっていた。協会の構成員は、ほぼエチオピア人だけであり、イベントの参加者もエチオピアの人々であった。

 

難民申請者の窮状

欺瞞に満ちた2005年のエチオピア国政選挙の後、全国民が街頭に出て、自分たちの投票を尊重するよう要求した。与党は暴力で応え、首都アディスアベバだけで198人のデモ参加者を殺害した。野党の党首と何万人もの党員と支持者が刑務所へ送られた。野党の党員や支持者に対するテロが繰り広げられる中、若者たちは迫害から逃れるため集団で国外に逃亡した。

この時以来、日本にもエチオピア人難民が流入するようになった。エチオピア人は、奨学生、国際結婚(日本人との結婚)、就労、難民申請など、さまざまな理由で来日する。現下、約540人のエチオピア人が日本に滞在しており、そのうち207人が東京に住んでいる(2022年6月現在)。

これら新規入国者のほとんどが日本の言語や文化などに慣れていない一方、日本の難民制度は、彼らを受け入れ、社会に統合するための組織や設備が整っていなかった。難民申請者の多くは、3か月の滞在ビザを与えられ、身分(在留資格)のない観光客のような生活をしている。

言い換えると、その都市に住んでいるにもかかわらず、当該役所は難民申請者を住民として認めないということだ。その結果、貨物輸送の際に保険加入が義務付けられている世の中であっても、国民健康保険に加入することができない。何より、このビザでアパートを探すのは不可能に近く、ボロボロのダンボールハウスに法外な料金を払わざるを得ない。

無資格で生活するため、労働許可証もない。にもかかわらず、生活に伴う支払いの義務があるため、最低賃金を下回るような怪しい会社に搾取されることは間違いない。この様な不安定な状況に加え、難民申請者は3か月毎にビザを更新する必要がある。その際、有効期限の1か月前に申請書を提出し、期限直前に4,000円を支払い、新しいビザを受け取るために入国管理局へ2度足を運ばなければならない。

想像していただきたい。難民申請者は労働許可証を持たず、生きていくのに必死であるのに、ビザを更新するためにお金を払わなければならないのだ。私も何度か東京入国管理局に同行したことがあるが、サービス業が世界でも類を見ないほど発達しているこの国で、難民申請者に対する非礼な扱いの度合いに正直うんざりしてしまった。一瞬、別の惑星にいるような気分になる。もちろん、尊敬に値するスタッフもたくさんいる。管理局も限られたスペースと人員で、多くの申請者を抱えているのは理解できる。

 

難民申請者が、このような過酷な環境に対処することが難しく、難儀することは自明のことだ。難民申請者であることの浮き沈みを目の当たりにしている私たちにとって、彼らの窮状を少しでも緩和するために寄り添うことほど、やりがいのあることはないだろう。

しかし、在日エチオピア人共同体は、このような状況に対応できるほど組織化されておらず、対応が法的に認められているわけでもない。そこで熟慮と討議を重ね、次の合意に達した。日本の法律で認可された機関を設立し、困窮者が集中する東京都葛飾区に事務所を開設すること。明確なビジョンとミッションを持ち、未解決の問題に取り組んでゆくこと。

したがって、私たちは3点を柱にした協会を設立することにした。

  • 在日エチオピア人の支援
  • 日本人とエチオピア人の円滑な融合・理解・協力の架け橋となること
  • エチオピアの貧困削減に貢献

その結果、2009年にアデイアベバ・エチオピア協会(Adeyabeba Ethiopia Association)を設立し、2010年3月に東京都に特定非営利活動法人(NPO)として認可され、葛飾区四つ木に事務所を開設した。当協会の役員とボランティアは、みな無報酬で活動することとした。このようにエチオピアの人々を支援する中で、外国人の日常生活の複雑さやフラストレーションが、頻繁に誤解され、見過ごされていることが分かった。

言葉の壁があるため、住所変更、健康保険、保育園、マイナンバー、確定申告などの手続きは、不可能ではないにせよ困難だ。パッケージの中身を理解することができないため、日常的な買い物にも困難が伴う。風邪薬や頭痛薬など、普通の薬をドラッグストアで買うのも一苦労。クリニックや総合病院で、医師の診察を受けるのも、通訳なしには考えられない。日本語がわからないと予約を断られることもある。アパートを借りるのは、日本人でも難しい。一流大学の学生でさえ、下働きになってしまう。

そのような中で、私たちは、エチオピア人難民申請者が、円滑に社会に溶け込めるよう、そのギャップを埋めるべく努力している。また、日本人会員、サポーター、ボランティアの方々は、困っている人たちを支援するために、素晴らしい働きをしてくれた。

 

難民申請者の多くは、高等教育を受け、落ち着いた生活を送り、特定の分野で活躍し、自分の家族を築きたいと心から願っている若年層であり、活力に満ちている。

欧米と異なり、日本では入国審査が結論に至るまでに長い年月を要する。多くの難民申請者は、自分の将来がどうなるのかと不安に思っている。彼らは、将来の準備をしないまま、自分の最盛期を失いかけていると感じている。

苛立ちやストレスは、難民申請者によく見られる現象だ。私たちには専門のカウンセラーはいないが、伝統的・文化的な方法でカウンセリングを行い、彼らの助けになろうと努力している。しかし、このような問題はカウンセリングの域を出ず、すぐに解決できるような特効薬はない。自分の将来が危うくなったとき、癒しは余りに遠く手が届かない。

 

一般の日本人は、難民の窮状を理解し、より良い対応と有効な手続きを望んでいると思う。私たちはこのような動きを見て嬉しく思うとともに、世論の圧力によって多くの変化が起こることを期待している。

私たちは、政策立案者の心変わりと、難民申請者の問題を全面的に取り扱うという政治的意志を待ち望んでいるのだ。ウクライナ戦争以来、6か月ビザや労働許可証を伴う在留資格の発行など、いくらかの改善が見られるようになった。私たちはこれを歓迎し、発展途上国同等の水準に見合った、より好条件かつ公正な移民制度が実現することを望む。

私たちの組織、アデイアベバ・エチオピア協会は、難民申請者の窮状を緩和するため、どなたからの協力も歓迎し、難民申請者の苦難が和らぐまで尽力するものである。