平井 裕

ジャパ・ベトナムスタッフ/ダイナミック コー・クリエーション代表

 

 

ジャパ・ベトナムは今夏ようやく、二年ぶりの訪問ツアーを実施した。支援をしているホーチミンの近郊の3地域は、車で片道数時間かかる農村地域にあり、そこに住む人々は、日々の生活に困っていて、また見るからに貧しく、人間的な生活を送るのに不十分な環境にある。少数民族の子供が生活する寄宿施設のあるロンディエン、メコンデルタの端にあたり雨季には道路まで水が溢れるベンチェ、それからカンボジアからのベトナム難民が暮らす湖畔地域のタドウである。

生活環境という観点で、3つの地域はいずれも、飲料水の水質の課題を抱えている。都市部では上水道は飲料として使わず、濾過した水を買う。しかしながら農村部では、浄水池からの水は飲料に不適当であるがやむを得ず飲んでいたり、雨水を利用したりする。メコン地域では、井戸水は不純物による汚染もあり、メコン川の水は水量不足で海水が逆流するために塩分が多く、飲料水としては適さない。一昨年、ベンチェの小学校にベトナム製(カラムは日本製)の浄水装置を寄贈し、設置した。今回、学校の努力でその装置がきちんと稼働していることを確認できたことは収穫であった。上水道がそんなものだから、下水道については推して知るべしである。

 

ベトナムの課題の一つは衛生問題である。今回、コロナの蔓延で、衛生的な課題についてかなりの人々が気付いて、これまでの生活習慣を見直しただろう。果たして今までの習慣を変えることができただろうか。日本人の衛生観念は強く、普段から清潔にすることに気遣っている。企業教育に出てくる5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)にも“清潔”が登場している。ただ、外と家の境界がない、裸足もいとわない生活では、かなりの苦労をして清潔を保っている。手洗いの習慣も日本ほどないので、より一層の保健衛生教育が望まれ、また将来の未病対策に繋がる食生活の改善教育も課題である。

 

さて、今回のコロナで、生活が大きく変わらざるを得なくなり、そのために仕事も暮らしも大きく変わったことは、ベトナムも同じである。都市部で生活ができなくなり、実家のある農村部への人口移動があり、都市に戻ってこない状況がある。ホーチミンでは、観光業が大きな打撃を受けて、多くの中小ホテルが廃業、または新規に資本の投下を受けている。

一方で不動産業は相変わらず順調のようで、それを支えているのが富裕層である。2021年におけるベトナムの上位1%の富裕層が保有する個人資産は、全国の個人資産全体の26.5%を占めている。また、上位10%の富裕層が保有する個人資産が、全国の個人資産の59%を占めた(ワールド・インイクオリティ・データベース2021より)。ただ、アジア諸外国と比べて、まだ富裕層と貧困層の差が大きくない状況であり、富裕層が今後増加して行った時にどう社会が変わっていくかである。10%の富裕層が大きくキャスティングボートを握っていると言える。富裕層の社会貢献意識は日本より高い。

コロナが終結した街にでてみると、ほとんど感染距離も気にせずマスクをせずに会話し、飲食店も繁盛している。外食の習慣が多いベトナム人は、食事・カフェ等に充てる費用が多い。ショッピングモールも新しくできて、そこで見る光景は、開発途上国とは言えない様子である。

 

ベトナムの教育制度は義務教育が9年、大学進学率が増加していて現在は28%以上と言われている。実利を求める教育が中心で学費も高いが、親は子供のために教育への資金投下に糸目をつけない。学歴社会でもあるからだ。塾・スポーツ・習い事も盛んになってきている。ただ、大学で身に着けた知識や技術、能力を活かせる場がない、仕事がない状況である。

一方で、大学にいけない若い層が、労働報酬と経験を求めて海外に出る傾向も増えている。日本がその受け皿として設けているのが“技能実習生制度”であり、今多くの問題を抱えている労働制度である。ホーチミンの賃金が高くなって、安い労働力の補填として考える国には行かない傾向も出てきていることで、日本よりは韓国、欧米の選択が増えていると聞く。

 

大学卒レベルでの日本での就職希望者が多いことは、日本を理解してくれる人を増やすという意味で望ましい。大学入学を目指した日本語教育熱は依然として高いが、日本語の習得の困難さと、日本での受け入れ態勢の不備、不十分な奨学金で他国に負けている。移民ではないと言いながら、無し崩し的に外国人人材を日本に入れていく傾向が大きくなっている。これは、 日本の経済を成り立たせるだけの人材が、日本から得られないということが大きな要因である。日本は大昔から海外人材を登用し、同化させながら、日本文化を作ってきた経緯がある。今はそれがあまりにも急激に起こり、文化が破壊されるのではないかとの危惧を呈する人もいる。一方、日本経済の停滞を、労働力の面からだけでなく、意欲のある人材で活性化を図れるのではないかとの期待もある。

 

ベトナムは基本的には農業国で、国民の約5割が農業従事者である。GDP全体の約14%を農林水産業が占めていて、輸出も約16%、米・コーヒー・トウモロコシ・ゴムなどが輸出額で高順位を占め、アグリテックで農業の高度化を狙うも、品質・技術の未熟、機械化・付加価値化で遅れている。地方に行くとその豊かさが確かに感じとれる。温暖な気候で、苦労が少なくても作物を収穫でき、食べていけるベトナムは、過酷な気候と災害が多い日本と異なる。そのためか、大学で農学を学ぶ学生も多いはずなのだが、日本の様な農業改善をしようとする体制があまり見えない。

一方でベトナム人の新しいことに挑戦する姿勢は日本を凌駕するものがある。大学卒で就職しても3年くらいで職を変える、それも関連しない職に就くことも多く、こだわりがあまりない。総じてベンチャー精神が旺盛で、起業も多いがうまくいくケースが少ない。近視眼的で先の将来を見通した計画性があまりないことに起因する。今回のベトナム滞在で、新規の起業家に出会い、ベトナムのチャレンジ精神を垣間見た。ローカルな植物を活用した蚊取り線香づくり、サプリメント“霊芝”の新しい製法と製品化、プール製造会社の水泳教室経営、若い事業家のプランテーションづくり、アセロラの栽培農家などである。

 

以上のことを踏まえて、ベトナム支援の新たな視点としては次の様なことが考えられる。貧困から脱却し、果ては国際的にも活躍できる“人財”創りにはやはり教育が必須である。地方の学校への支援を継続し、そこで日本語・英語教育のボランティアなども可能かと思う。富める者・国から優秀な子供達・学生への奨学金を支給すること。大学教育の詰込みや幼児教育の知育偏重を鑑みて、“自分で考えて、計画を立てる”ための教育と、人生・将来設計の相談機関を設けること。また日本の技術・知識と同時に日本の文化を学ぶための留学制度を作ること。逆に日本人にベトナムやその文化を知ってもらう機会を作ることなどがあげられる。

子供の教育の視点では、ジャパ・ベトナムのメンバーのアイデアで、小学生の日系企業の見学ツアーを検討している。こと教育に関しては、社会主義国ゆえの制限がかかる現実がある。困っている人達に対しての支援は、どうしても日常の生活の支援(食費、生活費、学習費、医療費等)になるのは否めない。ベトナムはHIV/AIDSへの対策が十分ではないので、これは継続する必要がある。よく言われることなのだが、支援は“魚より釣り道具”が望ましい。すなわち、仕事をつくり、自分達で自活・自立できるようにすることが理想であるが、そのアイデアを日本からも提案して行きたい。ビジネス創成が盛んなベトナムだから、日本が協力して地道な仕事づくりをしていくべきだと考える。