デニス キム ウソン SJ
イエズス会司祭、韓国・西江〈ソガン〉大学社会学部教授
新たに就任した韓国の尹錫悦〈ユン・ソンニョル〉大統領は、文在寅〈ムン・ジェイン〉前大統領時代にこじれてしまった日本との関係改善を図りたいと、すでに方針を示しています。このことは、韓国の大統領交代が、内政だけでなく外交にもどれほど影響を及ぼすかを表しています。大統領の交代に応じて、韓国の人々は社会・政治・経済的に重大な変化を定期的に経験してきました。尹大統領時代の韓国を、教会についての簡単な考察とともに展望することは、意義深いことだと考えます。
置かれている状況と任務
大統領は、自らの統治哲学に沿って政策設計をしたいと考えますが、政策の優先順位と履行は、常に時代から求められる歴史的な要請により条件付けられます。大統領の任務には、相互に関連する、内政と外交という2つの側面があります。
◆コロナ禍後の経済成長と「公平性」
内政面において、尹大統領は、韓国社会がイデオロギー的に二極化したために誕生した大統領と言えます。文在寅前大統領に対抗する感情の象徴として、検察総長を辞任した直後に、保守党により大統領候補に選出されました。つまり、尹大統領は新任というだけでなく、外交面においても、内政面においても、問題に対処した経験が不足しています。
また、文在寅大統領は、朴槿恵〈パク・クネ〉大統領を追放した「ろうそくデモ」の結果として政権を握り、大統領職を通じて比較的大きな支持を得ました。しかしながら尹大統領は、僅差で選挙に勝ったに過ぎません。このような背景から、尹大統領の政治力と韓国を取り巻く情勢の進展によっては、政治的に脆弱な立場に置かれるであろうと見込まれています。
事前の備えがどうであれ、尹大統領の内政における主な任務は、コロナ禍によって不況に見舞われた経済を、どのように後押しするかでしょう。特に、自営業者支援の必要性と不動産市場の安定という、2つの分野に対応しなければなりません。自営業者は、コロナ禍の間、人々が距離を取った「新しい生活様式」により、大きな打撃を受けました。不動産市場の問題は、支持者の深刻な文在寅離れを引き起こし、最終的には革新系の政党から保守政党へと権力が移行されました。また、尹氏は、若年層の失業率の高まりとともに焦点となっている、経済の二極化の緩和と「公平性」に取り組まなければならないでしょう。
◆地政学的ビジョン
誰が韓国大統領になろうとも、国際的な要因は極めて重要です。韓国の大統領は、幾重にも折り重なる歴史と、複雑な関係を持っている朝鮮半島の地政学に直面しなければならず、とりわけ、北朝鮮とその核兵器計画に対処しなければなりません。同時に大統領は、従来ライバル関係にある日中の地政学のみならず、厳しさを増す米中の覇権争いの中に韓国を置かなければなりません。北朝鮮の核問題は、南北間でのやり取りだけによって対応することはできず、韓国を取り巻く、米国、中国、日本、ロシア等すべての近隣諸国による取り組みが求められます。
さらに、韓国の大統領は、外需に依存する中規模のアジア太平洋諸国のリーダーであることの難しさに対処しなければなりませんし、貿易、安全保障、外交の優先順位のバランスをとる必要もあります。このバランスを失えば、韓国を危険にさらすことになるでしょう。
特に、米中間の激化する対立と、ウクライナにおける戦争の影響により、韓国は安全保障の観点から、相互に関連する2つの基本的な目標を掲げるべきでしょう。まず、第二次朝鮮戦争の抑止。次に、米中あるいは日中により、部外者の覇権争いを緩和するための「はけ口」として利用(乱用)されないよう朝鮮半島を守ることです。
前者の目標は明確ですが、後者には説明が必要でしょう。日本と中国は16世紀以来、歴史上3度交戦しました。〔訳注:日本では文禄・慶長の役と称される〕壬辰戦争(1592-1598)と2つの戦争(日清戦争:1894-95、日中戦争:1927-45)です。2つの戦争の主な戦場は、朝鮮半島でした。3つの戦争はすべて、「トゥキディデスの罠」の良い例です。つまり、新興勢力が支配勢力を脅かし取って代わる時に生じる、危険な戦争のダイナミズムです。再び統一され維新を経た日本が、この地域での覇権を野心的に求めた時に韓国を侵略しました。しかし、韓国の政治指導者が責任を免れる訳ではありません。2つの戦争における韓国の指導部は、戦略的な展望と技量を欠いている点において、腐敗ではないにしても、無能であったと非難されるに値するでしょう。
したがって、尹氏を含む韓国の大統領にとって、最も重要な任務は、すでに重武装してしまっている地域である朝鮮半島での戦争を防ぐことです。むしろ、尹氏を含むこの地域の政治指導者は、平和のために先を見越して取り組むべきでしょう。
政治姿勢:法の下の正義
尹大統領の政治的な能力により、自国内および外交分野における政治的ビジョンと統治思想が具体化されます。政界の新入生として、尹氏は保守党の党勢拡大を、親米・親日路線に見出さなければなりません。李明博〈イ・ミョンバク〉元大統領、朴槿恵元大統領のような、保守的な政治路線をとることは当然予想されます。
外交においては、北朝鮮に対してより厳しく接し、日米とより緊密な関係を築き、韓国の最大の経済的パートナーである中国に対し、嫌々ながらも親しげな立場をとることが期待されています。国内では、より成長志向の政策を持ち、社会正義よりも法に照らした正義に焦点を当てるでしょう。社会正義には、平等、疎外、差別の分野が含まれますが、法の下の正義は、法的に正しいか間違っているかに焦点を当てます。
しかし、注意を引くのは、尹大統領の法的な感覚が、バランスを欠いている可能性があるということです。韓国の司法試験に合格するためだけに、20代のすべてを含め、ほぼ一生を法律の世界で過ごしてきました。これは、尹氏が法のレンズを通して世界を解釈していることを示しています。複雑で脆弱な状況に身をさらし、法的な推論を超えた柔軟な思考や知恵を育む機会を欠いていた可能性もあります。すでに多くの検察出身者が、大統領秘書官として働いています。法的推論は検察総長にとっては良いことですが、大統領にとっては十分ではありません。したがって、尹大統領の治世が、対話・説得・社会的な妥協よりも法的推論に支配され、社会的に懸念されている環境・労働・女性問題より、経済成長を優先させるのではないかと懸念されています。
韓国と東アジアにおける教会の使命:平和を執り成す者
韓国と東アジアにおける教会の使命は、大統領の交代によって重大な影響を受けることはありません。私たちは、常に福音宣教と共通善のために働きます。しかしながら拙文において、尹大統領による韓国の地政学的な挑戦、すなわち戦争を避け平和を促進することを強調しました。韓国と海外の両方の政治的な指導力により、この基本的な課題に対応することが主に求められています。
同時に、平和を促進するという対応は、教会の使命でもあります。2022年の教会は、世界および地域の現実に真剣に向き合う必要があります。まず、近隣諸国の覇権主義的競争の激化、軍拡競争、地域における植民地化と戦争の歴史。次に、ウクライナでの現在の戦争と国際政治の再構築。そして最後に、新たなナショナリズムとポピュリズムの世界的な増進。現代世界の現実に立ち向かうことにより、教会は和解と平和のための貴重な使命を再発見し、教区と国家の境界を越えて出会いや対話を推し進め、架け橋となることができます。この使命は、主の教え「平和を実現する人々は幸いである」(マタイ5:9)にかなうものであり、地元の小教区や学校から始められるべきでしょう。
〔原文:英語〕