安藤 勇SJ (東京イエズス会社会司牧センター)
ヨハネ二十三世は1958年、77歳で教皇に選ばれた時、ただの一時的な教皇だろうと一般の人に考えられた。ところが、彼はカトリック教会内で長期的な宗教革命を展開し、大変強い影響をもたらした第2バチカン公会議を勇敢な決断を持って召集したことで記憶されている。
その頃、来日したばかりだった私の個人的な思い出としては、1963年に、日本の大手新聞が揃って公開されたばかりのヨハネ二十三世の回勅『地上の平和』を大きく取り扱った出来事に驚いた。教皇がカトリック教会の代表として、国連の人権宣言に含まれる価値観を公に認めた声明は、世界中に歓呼の声をもっ て迎えられた。その平和への呼びかけは、人間の尊重に基づいている。もちろん、今日でもその精神は通じている。
回勅『Mater et Magistra (母と教師である教会)』
ヨハネ二十三世は、1961年に最初の回勅を公表した。そこで、キリスト者に社会・経済問題にわたって、どういう姿勢を取るべきなのかが語られる。その 回勅は、前の教皇レオ十三世が発表した『RERUM NOVARUM』(1891)から現在までのカトリックの社会思想を述べている。そして、すべての善意の人々に宛てられた初めての公文書として、高く評価 されるべきである。
ここで、『Mater et Magistra』を詳しく取り上げるつもりはなく、かえって今の日本のニーズや世界のグローバルな状況を考えて、この回勅はどういう貢献をするのかをここに記したい。
ヨハネ二十三世は、国の都市部や農村を特別に取り上げて、両制度の不平等を縮める道を追求している。
次の文章は『Mater et Magistra』からの抜粋引用である。(翻訳は私訳)
「同一の国民の間でも、しばしば経済的社会的不平等が目立つこともある。このような場合には、公権がその格差を和らげ、あるいはなくすことを正義・公平 は要求する。そして、開発が遅れている地域にその状況に応じて基本的なサービスを提供することは公益に適い、公権の義務である。そのうえに、労働の提供 と、人口・賃金・課税・投資の転置などに関して、特に拡大しつつある産業を重要視し、適正な経済・社会政策を展開することが必要である。つまり、労働力の 完全雇用を狙って、企業精神を刺激し、地域の天然資源の開発を促進すること。共通善の要求はその政策を正当化する。公権は三つの生産部門、つまり、農業・ 工業・公企業を公平に発展すべきである。企業も国内の地域間の経済・社会にバランスが取れた貢献に尽力しなければならない。
明らかに、全人類の連帯やキリスト的兄弟愛はこういうような格差をできる限りなくすことを要求している。」(nn.150-156)
歴代教皇の中で、ヨハネ二十三世は巨大な国際貧富の格差、および南北不平等を社会回勅の中で取り上げた初めての教皇である。
「同じ国際家族のメンバーとして、すべての人々を結びつける連帯の名において、途上国の市民が最低の人権でさえも享受できない悲惨な貧困や飢餓の前で、先進国は無関心な態度をとることが許されない。
世界の国々は依存関係を強め、相互の経済や社会の格差が極端である現在、恒久平和を保つことはできないだろう。従って、一人一人の良心的な責任感を養う必要がある。これはとくに経済力を持つ人たちに当てはまる。
ところが、国々の制度の経済的な遅れが原因のため、生活に必要な物も不足して、飢餓を救済する緊急援助が足りない。その国々の市民は必要な科学技術及び 職業訓練を学び、近代的な手段において、経済発展を速めるために、必要な資金援助を提供することだけが永久の救済である。
効率的に数多くの商品を生産することは、適切な政策だけではなくて、必要にもなっている。しかし、生産される富が、平等に同じ国のメンバーの間に配分され ることは、正義が要求していることである。同時に、先進国は途上国に経済支援を行う名の下で、自分の利益だけを求め、貧しい国を利用して、国際的な支配を しようとする誘惑を避けるべきである。
そういうことで、先進国の多くの人たちが、正しい価値観に、全く無関心であることを見ると悲しくなる。彼らはある時に精神的な価値を忘れ、または拒否、 無視しながら科学、技術、経済だけの発展を熱心に追及する。そして、物質的な幸福が、自分の人生の最高価値だと思っている。」(nn.157-184)
その他に、カトリック教会が、長い関わりを持っている国際協力という分野は、この回勅の中で重要な分野として大切な位置を占めている。
「様々な国は、高度な文化や文明を享受し、数多い勤勉な国民を持ち、そしてまた、優れた経済制度、豊かな資源や広い領土を持っていても、他の国と関係を 持たなければ、独自で根本的な問題への解決を適切に見出すことは不可能になっている。従って、国々は、互いに相手の利益に貢献しながら発展のための必要な 支援を得る道しかないだろう。これは、すべての人と国々の間に、だんだん常識的な考え方になりつつだが、一部の人、特に公に責任を持つ権力者は、国民が望 むような相互支援を行うことが不可能だ。その理由は、科学技術あるいは経済的な困難ではなくて、互いの不信感のためである。人々や国家間が恐怖感に陥っている。この不信感は、体制やそれを支える為政者のイデオロギーの温度差にある。
道徳秩序の存在は、社会と人間の力を超える事実であるのに、一部の人たちはその存在を否定している。しかしその秩序は超絶で、絶対的、普遍的であり、すべての人に平等である。
実際に、科学技術の発展は度々世界中で重大な問題を起こし、大自然と全人類の創造主及び統治者である神様の権威を認めない限り、解決は不可能だ。
生活水準の高い諸国の人たちの間に溢れる商品に対する不満の念がますます増大しつつあることは、地上に楽園をうちだそうという夢想を打破している。しかし 同時に、人権の意識はますます明らかに高まり、あらゆる方法を利用して、人間の尊重に基づいた、より正義を認める人間社会を建設するために、取り組みが強 まっている。」(nn.202-211)
実際、教会は人間そのものに大切な関心を持ち、人間の尊重に対するはっきりした了解から、神に基づく道徳秩序に進んでいる。神なしには人の尊重あるいは 人間性を理解することは不可能になっている。歴代教皇は、キリスト者が他の信仰を抱いている人たちと協力を行うように招いている。しかし事実上、人間同士 の信用の欠如は、協力の大敵である。
回勅の50年後の日本
ちょうど東京オリンピック開催ごろにはヨハネ二十三世が亡くなった。当時、日本は経済の豊かさを味わい始め、段々と70年代、80年代のバブルの時期に 強く発展して、人手不足も大きな話題になった。百姓は農村を後にし、出稼ぎ労働者として、工業団地と大都会に集まってきた。日本はアジアの工業大国家とし て知られるようになり、長い自民党政権のもとに、政治安定を守り続けた。快活な消費社会の結果、大多数の国民が中産階級であることを誇りとしていた。そし て、アジアからも南米のブラジル、ペルーなどからも何十万人の出稼ぎ労働者が次々に来日した。
日本企業の国際化が強まり、日本人の観光客の姿が、世界どこに行っても大変目立った。インターネット、IT技術が広がり、日本は国家として世界グローバル化の先頭になるようになった。技術は、イデオロギーや哲学思想を通り越した。
ところが、90年代に急激に砕け始めたバブル経済と共に、多くの市民の明るい夢は壊滅した。金融危機の結果、日本国家の借金が大きく増え、西洋的な契約 の制度を受け入れることによって、伝統的な労働契約が削減され、失業率が大きく上がった。そして同時に、人口の高齢化が進むにつれて、社会コストに対する 重大な課題は、いまだに解決の道を見出せない。
他方で、カトリック社会教説の価値観は、日本の経済開発の過去50年間の誤りをあらわにしている。楽観的な考え方は、将来に対する悲観的な見方に変わっ た。多くの国民は自信を失い「引きこもり」は想像もできないほど広まってきた。12年間以上に続いて、毎年33,000人の人たちは自死を選んでいる。そ の上、大地震、津波、原発の事故で引き起こされた放射能など大災難の影響は、逆に日本全体を大きく揺るがしている。現時点で、日本社会が中産階級だと考え る人は一人もいないだろう。かえって、貧富の差がはっきりと表れている。もちろん、積極的でポジティブなチャレンジも存在するが、社会全体の雰囲気は明る くはない。
今日、カトリック社会教説は、日本の制度が将来に向かって、どう見直せばよいのかと十分に貴重な貢献ができると確信している。