サンタフェのウェスター大司教の司牧書簡 『キリストの平和の光の中で生きる ―核軍縮に向けた話し合い―』への応答

ヨセフ 髙見 三明
カトリック長崎大司教区 名誉大司教

 米国ニューメキシコ州サンタフェ大司教区のジョン・C・ウェスター(John Charles Wester)大司教は、今年1月11日付けで司牧書簡『キリストの平和の光の中で生きる ―核軍縮に向けた話し合い―』を発表されました(このことは、イエズス会社会司牧センターの情報で知りました)。

 本文は正味34頁、全体で51頁に及ぶ大変長い司牧書簡です。分量もさることながら、内容は核兵器に関する、極めて包括的で豊かなものです。原爆投下を正当化し核兵器保有を是とする国で、カトリック大司教がこのような文書を公にしたことに敬意を表し、賞賛したいと思います。

ジョン・C・ウェスター(John Charles Wester)大司教『キリストの平和の光の中で生きる ―核軍縮に向けた話し合い―』

 今年11月で72歳になられるウェスター大司教は、サンフランシスコ大司教区の司祭でしたが、1998年に同大司教区の補佐司教に、2007年1月にソートレイク教区の司教に任命され、2015年1月にサンタフェの大司教として着座しました。着座して7年後にこのような文書を発表された背景には、ご本人の問題意識の高さ、州都サンタフェの置かれた状況、核兵器禁止条約の発効、教皇フランシスコの長崎と広島の訪問、新たな核軍拡競争、深刻な環境問題などがあると思われます。

 この司牧書簡の目的は、核軍縮、さらには核兵器廃絶に向けて段階的に具体的な行動をとるために、まず互いを尊敬し、ともに祈り、学び、非暴力のイエスに基礎を置き、核軍縮は成し遂げられ得るという希望と信念をもって対話をしましょう、と自教区だけでなく、自国の人々に呼びかけることにあります。

 内容は、序文と五つの部から成っています。序文で2017年9月に広島と長崎を訪問して衝撃を受けたことから話し始めています。原爆が投下された現場に行かれたことは必要でもあり、意味のあることだったと思います。第一部で教皇ヨハネ二十三世以後の歴代の教皇、特に教皇フランシスコの教え、第二バチカン公会議の『現代世界憲章』、そして非暴力のイエスの教えと生き方をわかりやすく、教え諭すように述べています。第二部は核兵器の絶えざる脅威、第三部では核不拡散条約(NPT)や核兵器禁止条約(TPNW)に触れ、第四部で核軍縮に向けた具体的な行動例を挙げています(二つの補遺も参照)。これらは話し合いの材料として提供されています。第五部のエピローグで、キリストの平和の光の中で核兵器の廃絶に向けて生活し歩もう、と呼びかけています。

 この司牧書簡が是非、アメリカのカトリック教会と社会の中で広く読まれることを期待しますし、日本を含む世界中で広く読まれ、話し合われることを強く願うものです。

『キリストの平和の光の中で生きる ―核軍縮に向けた話し合い―』 要旨

 2017年9月、日本を旅した私は、広島と長崎を訪れました。1945年8月6日、人類が核時代の闇へと一線を越えたことに気がついたとき、ハッとさせられ、憂うつな気持ちになる経験でした。歴史的に、平和活動を主導する一員であるサンタフェ大司教区は、これらの兵器が二度と使用されないようにするために役立つでしょう。私は、その平和活動を活性化させる時が来たと信じています。

 私たちは、ニューメキシコ州と全米で、普遍的かつ検証可能な核軍縮について真剣な話し合いを続ける必要があります。新しい核兵器軍拡競争によって作り出された、過去の冷戦よりも間違いなく危険なこの状況を、もはや否定したり無視したりすることはできません。ロシアや中国などからの脅威の高まりに直面する中、核兵器軍拡競争は本質的にとどまることはなく、私たちの国を含むすべての当事者による行動と反応をますます不安定にさせる悪しきスパイラルであることを指摘します。核兵器軍拡競争のエスカレートではなく、核兵器のコントロールが必要なのです。

 さらに、核兵器を廃絶し、核の脅威を永久に終わらせるための具体的なステップを理解する必要があります。もしも人類を気にかけるなら、私たちの地球を気にかけるなら、平和の神や人間の良心を気にかけるなら、私たちはこれらの緊急の問題についての公の話し合いを始め、核軍縮に向けた新しい道を見いださなければなりません。

 サンタフェ大司教区には、ロスアラモスやサンディア核兵器研究所があり、またニューメキシコ州アルバカーキのカートランド空軍基地に国内最大の核兵器保管庫があることを考えると、核軍縮を提唱する上で特別な役割を有しています。同時に、核兵器の除去や拡散防止プログラム、そして気候変動への取り組みにおいて、ニューメキシコ州の人々の人生を肯定する仕事を奨励する必要があります。

 教皇フランシスコは、核兵器を所有することの不道徳性について明確な声明を出し、過去の「抑止」という条件付きの容認から、廃止に向けた道徳的な責務へと教会を動かしました。単なる抑止のための数百発の核兵器どころか、地球上の神の被造物を壊滅させるだけの破壊力を持つ数千発もの核兵器を有しています。さらに私たちは、核兵器を「近代化」して永遠に持ち続けるために、少なくとも1.7兆ドルを費やすという現在の計画のもと、貧しい人々や困窮する人々から略奪し続けているのです。

 カトリック教会には、核兵器に反対する発言をしてきた長い歴史があります。バチカンは核兵器禁止条約に署名し、批准した最初の国の一つです。教皇フランシスコが宣言したように、「私たちは核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際条約を支援するために、たゆむことなく働き続けなければなりません」。普遍的で検証可能な核軍縮に向けて働きながら、条約を支持することは、核兵器発祥の地であるサンタフェ大司教区にとって義務なのです。

 福音についての考察の中で、教皇フランシスコはしばしば、非暴力のイエスや「平和を実現する人々は幸いである」、「敵を愛しなさい」というテーマを強調します。教皇は私たちに、福音の非暴力を実践するよう呼びかけています。したがって私は、キリストの光の中に入り、平和の新しい未来、平和の新しい約束の地、そして平和と非暴力の新しい文化に向かってともに歩むよう招きます。そうすれば私たちは皆、この美しい惑星、私たちの共通の家で、兄弟姉妹として平和のうちに暮らすことを学ぶでしょう。

キリストの平和の光の中で、あなたの兄弟、
ジョン・C・ウェスター
(2022年1月11日)


日本における外国ルーツの子どもたちの状況: 現場レポート

安藤 勇 SJ
NPO法人足立インターナショナルアカデミー(AIA) 理事長

  最近、毎日新聞やYahoo!ニュースのようなマスメディアのいくつかは、日本の義務教育制度にカウントされていない多く(2万人以上?)の外国ルーツの子どもたちの教育状況は実際どうなっているのかと、文部科学省の注目を集めています。憲法上、日本人であろうとなかろうと、日本に滞在するすべての子どもに義務教育を受ける権利があるにもかかわらず、日本人のすべての子どもたちが義務教育を受けていることに対して、明確なデータを表す全国調査が事実上存在しないので、日本に滞在する2万人ほどの外国籍の子どもたちの義務教育の状況が把握されていません。

 この記事の内容は、いくつかの誤解を引き起こす可能性があるかもしれません。確かに、外国籍の子どもたちが抱える重大な教育の課題に対して国は放置してきましたが、一部のところではその問題解決のために、数年前から市民グループと教育関係者とが一緒に、前向きな動きを起こしてきました。

 私はここでは、両親が国際学校(インターナショナルスクール)やエリート学校で教育を提供することができる外国籍の子どもたちについて話していません。ここでの主な問題は、日本社会に無視され、見捨てられた子どもたちにあります。実際、これらはおそらく、日本の教育システムにカウントされていない2万人のうち、90%以上になるでしょう。

 
 そもそも彼らが直面している主な問題は、まず間違いなく、日本語の読み書き能力が不十分だということです。多くは移民や難民の経歴を持っており、両親は建設現場での肉体労働か、不安定な日雇いのアルバイトをしているだけです。子どもたちは日常的な差別に慣れており、日本人の親しい友人を持てず、孤独で夢もありません。自分たちの伝統的な文化、言語、習慣は日本の一般社会では評価されていません。彼らが本来持っている人間的価値観、豊かな経験や知識を同年代の若者たちと共有することはほとんど不可能です。自分たちはよそ者であり、日本社会に見捨てられていると感じています。

 なぜそうなのかと疑問に思うかもしれません。彼らの声を聞くことができる普通の手段はありません。にもかかわらず、一般の日本社会で見られるような共通問題は、彼らに対して不親切な態度を示すのをやめ、どうにかして不信感を持って見ないようにすることです。これに関しては、日本社会の玄関口と思われる出入国在留管理庁に対する批判が止みません。確かに、私たちの社会を構築する堅固な構造は、彼らのニーズや希望に関して柔軟性を示していません。


見捨てられた子どもたちに希望を与え、教育を促進する民間団体

 大阪府の教育者や活動家たちは、外国ルーツを持つ子どもたちが公立高校に入学できるように、困難な教育問題と戦い、解決することを決意しました。私が誤解していなければ、その結果、2001年に、そうした子どもたちが高校に入学するための「特別な入学枠」を獲得しました。実は現在、大阪府内の7つの公立学校が引き続き、その割当制度を利用しています。

 そうした高校の先生は、教室で簡単な日本語を使っており、時には英語で説明することさえあります。そして場合によっては、一部の生徒の母語を使うこともあります。子どもの両親は、日雇いまたは月給制の労働者で、自分たちは高校教育を受けられずに日本で働き、困難な生活を経験してきているため、子どもには高校への進学を望んでいます。

 外国ルーツの子どもたちはまた、日本の子どもたちの9割が高校に通うことができる一方、高校に受け入れられないことによる社会的差別を経験します。若いおかげで、親と同じような熟練のいらない仕事を見つけることはできますが、それ以上の教育の夢が持てません。さらに、日本の社会的な壁は大学レベルで広がり、その上、若者がまともな雇用を求めているときにもさらに大きく立ちはだかり続けています。もちろん例外もありますが、外国にルーツを持つ若者の大多数は、その社会的な壁を乗り越えることが不可能に近いのです。

私立学校に関する興味深い質問

 ここで、キリスト教系学校が深く関わっている私立教育に関する興味深い質問を紹介します。私立学校、特にキリスト教の背景を持つ学校は、大阪府のいくつかの公立学校が示している手本を真似することはできないでしょうか?

 私の質問は、特別な学校づくりではなく、外国ルーツの子どもたちを一般の日本人生徒と統合する具体的な方法を見つけることです。もちろん、学校の運営には、新しい教職員や資金など、真剣な変更や追加が必要になります。実際、多くの場合、学校教育は多様な文化的背景を持つことで充実し、同時に、社会的に見捨てられた子どもたちとその家族に与えられる支援は莫大になります。

 また、今後、外国籍の子どもたちへの日本語指導がますます必要になります。実際、いくつかのNPOや民間団体がこの分野にますます活発に関わっています。私が東京都足立区で13年前から関わり始めたNPO足立インターナショナルアカデミー(AIA)は、外国籍の方々を対象に日本語教育を行っています。子どもだけでなく大人(両親)も、そこを居場所として、気楽に日本語の基礎や会話を無料で学んでいます。

 AIAは、イエズス会を含む4つのカトリック系団体によってサポートされており、ボランティアの協力を得て運営されています。ちなみに、今般のパンデミックの影響を受け、AIAの教育の特徴だった対面方式を部分的に中止し、オンラインシステムに変えました。結果、AIAの活動を促進および拡大するのに役立っています。

 さらに、日本語教育も含めて、子どもたちが高校入学できるために専念する「フリースクール」のような組織が設立されました。しばらくの間、そういう場所で勉強した16歳のエチオピア人少女の体験を紹介したいと思います。

AIAの16歳のエチオピア人少女

  彼女は中学生の若さで自分の国、エチオピアの5,000m走で優勝を飾った成績を持っています。現地でそれを視察したあるスポーツ団体代表の日本人は「この子なら日本のマラソンの選手として十分に期待が見込める」と思い、日本に来るように招待しました。そして、スポーツ専門高等学校の留学手続きを済ませました。

 ところが、毎日長時間のトレーニングが続き、数か月後に、トレーニングの最中、脚の事故に遭ってしまいました。結局、その高校ではもう役に立たないと見なされ、学校に見捨てられました。何の援助もなく、17歳だった彼女はたったひとりになってしまいました!

 あまりにも酷い扱いのため、少しずつ教会関係の支援者が現れました。AIAの私たちも彼女を受け入れ、基本的な日本語を教えることにしました。彼女は高校に進学したい夢を抱いていたので、紹介した他のボランティアグループの協力で「フリースクール」に入りました。1年以上が経過しましたが、見事に、この4月に高校入試に合格しました。

 これらは、外国にルーツがあるため、毎日の生活の中で社会に落胆し、見捨てられていると感じる多くの子どもや若者に希望を持たせるほんの数例に過ぎません。考えてみると、同時に、ボランティアの協力者は、自分たちの努力もあって、これらの子どもたちが夢に描いていた高校へ進学した喜びをともに感じることができると思います。

 社会的に見捨てられた若者たちの深刻な教育問題を解決するにあたって、すでに協力している人々に耳を傾け、彼らを真似することを決心すれば、きっと解決の道を見つけられます。具体的な解決策を起こす手段があります。具体的に決心することは重要です。確かに、支援するボランティアは、希望と明るい未来をもたらします。

  ご意見・ご感想をぜひお聞かせください。

NPO法人足立インターナショナルアカデミー(AIA)

〒121-0816 東京都足立区梅島1-16-21
TEL. 03-5888-5206
http://www.aia-migrantschool.org/


イエズス会東ティモール・ライラコ・ミッション

村山 兵衛 SJ
イエズス会司祭

 私たちは満腹のとき、他人の空腹など気にしません。しかし、空腹になるとき、私たちは自然と他者の飢えや渇きに目を開き、耳を傾けるようになります。「貧しい人々の友になることで、私たちは永遠の王の友になる」とイグナチオ・デ・ロヨラは言っています(J.ポランコ「パドアの会員への手紙」1547年8月7日)。私たちのミッションもそのようにありたいものです。

 沖縄県宮古島から真南に3720km。21世紀最初の独立国、東ティモールがそこにあります。岩手県ほどの大きさ、人口約120万人の国です。コロナウイルスやデング熱、大雨による洪水被害や道路損壊をたびたび経験しながら、今年2022年、建国20周年と大統領選挙(そして教皇訪問?)を迎えようとしています。

 私は司祭叙階を東京で受けてひと月後の2020年10月28日に東ティモールに到着し、エルメラ県のライラコ(Railaco)という田舎の教会と高校で働いております。緑豊かな山に囲まれ、朝晩は涼しいです。

司祭叙階後、東ティモールに到着した村山神父

 東ティモールは、アジアでも有数の貧しい国の一つです。2002年にインドネシアの植民地支配から独立するまで、ポルトガル、日本(第二次大戦中)、インドネシアによる、合わせておよそ500年の占領と搾取の歴史を背負ってきました。

 今は少しずつ開発に向かっていますが、首都ディリから車で約1時間の距離にあるライラコのような田舎では、停電がひんぱんにあります。公共の水道設備も整っていないので、近所の人々が教会のそばのタンクに毎日水を汲みに来ます。現金収入を得られる仕事は限られており、特に山奥で過酷な生活を送る家庭では、栄養失調や疾病が多々見受けられます。

 そのような田舎に、イエズス会のライラコ・ミッションは存在します。現在、私たちイエズス会の修道院には4人の司祭と1人の神学生(2年の実習期間)が暮らしています。

  ライラコ・ミッションでは、医療と教育と信仰生活の三つが共存しています。モバイル・クリニック(移動診療所)とフィーディング・プログラム(子どもたちへの炊き出しプログラム)は、地元の人々の健康を支えています。小教区のそばには高校があり、若者たちの知的成長を支えています。そして小教区の活動が神の民の信仰を養っています。からだと頭と心への奉仕とケアが一体となって実践されている現場。そこにイエズス会ライラコ・ミッションが存在しています。

 お医者さんでもあるイエズス会神父は看護師たちとともに、週4回、朝の教会敷地内での診療と、週3回、4WD自動車で山奥での出張診療を行なっています。寄付で得た資金で医薬品を調達して、地元の人々の生活と信仰を支えています。

 2002年の独立当初、衛生や定期的な栄養摂取などの基本的な知識や習慣が不足している地元の人々を見た宣教者たちは、とくに子どもたちの栄養失調に注目しました。フィーディング・プログラムの発端です。月曜から土曜まで毎日、3つの地域のいずれかをまわって、栄養豊富な食事を届けています。シスター志願者たちが同行して子どもたちに祈りや遊びを教えている光景は、語らずとも私たちに多くのことを教えてくれます。

 ライラコ教会は、2017年に準小教区から小教区に昇格しました。この小教区は25年の契約でディリ大司教区からイエズス会に管理が委託されています。この一帯にはおよそ11のチャペルがあり、毎日曜日には4~5人の司祭が手分けしてミサに出かけています。ライラコ村の人口は約12,000人ですが、カトリックが95%以上の国なので、道路舗装のない険しい山奥であっても、数百人規模の共同体が散在します。

 信徒家庭の多くは農業(コーヒー、キャッサバ、とうもろこし)を営んでいます。快活で、助け合いと祈りを大切にする人々です。しかし、カトリック信仰とともにアニミズム的な土着信仰や多重婚の伝統も根強いです。インドネシア占領時代に東ティモール人の尊厳と自由のために尽力したカトリック教会に対して、国民全体が尊敬を払ってきました。

 しかし、教会は現在、以下の諸々の重要な課題とも向き合っています: 夫婦間の貞節促進、聖職者中心主義との対峙、若者への同伴、共通の家である地球環境の保護促進、および信仰と文化の対話。

 ライラコ教会には今年で創立20周年を迎える付属高校があります。東ティモールが独立国になった2002年に、地域指導者たちが当時教会司牧を展開し始めたイエズス会宣教師に「高校設立を手伝ってほしい」と相談したのがきっかけです。地元ではファティマの聖母のスペル(NOSSA SENHORA DE FÁTIMA)を短縮したNOSSEF(ノーセフ)という名で親しまれています。

 NOSSEFはディリ大司教区の傘下にあり、イエズス会員が同伴してきた高校でもあり、オーストラリアの教会や学校をはじめとするさまざまな方々の寄付のおかげで成長してきた高校でもあります。現金収入の少ない農家の若者たちが、地元で高校まで終えることができるようにとの願いから始まったミッションです。

NOSSEF(ノーセフ)高校の生徒たちの集合写真

 若い国ですから、教師にとっても生徒にとっても苦労は尽きません。しかし、家庭問題、貧しさ、学力の壁と向き合いながら、毎日山奥や川の向こう岸から歩いて、ヒッチハイクして通ってくる生徒たちの笑顔を見るたびに、自分がここに派遣された意味を確認します。360人の全校生徒のうち104人が奨学金を受け、それぞれ35人が寄宿する男子寮と女子寮もあります。海外の恩人や協働者からの寄付や援助のおかげです。

地域訪問をしたNOSSEF高校の教師と生徒たち

 昨年2021年はコロナウイルスと自然災害の影響で、ライラコ・ミッションでも試練の連続でした。4月の復活祭の土日に、首都ディリを中心とする大雨洪水が発生し、山奥の聖堂でミサをしていた私も、増水した川を渡れなくなって2日間足止めを食らいました。3時間歩いて山を下り、腰まで浸かって川を渡り帰宅しましたが、ライラコでも計6日間停電と断水に苦しみました。

 また、コロナ感染拡大でロックダウンが発生し、クリニックも高校も教会も一時閉鎖を余儀なくされました。電波が悪くスマホも高級品であるライラコでは、オンライン授業は到底できません。8月には寮生45人と私を含む教員数名がコロナウイルスに感染し、ディリにある隔離施設に2、3週間送られることも経験しました。

 校長として毎日寿命の縮む思いでしたが、振り返ってみれば毎日が奇跡の連続であったと感じます。便利さとはほど遠い生活ゆえに、祈りの大切さと力を身に染みて感じる日々です。4輪駆動の自動車のメンテナンス、配電盤の点検とブレーカーの修理および水道タンクの管理、スマホの充電と電波の確認。地道な努力と実践的な技術や経験が必要とされる生活ですが、ミッションを続けるには最初から最後まで「何より祈るしかない」のだと思います。

 イエズス会ライラコ・ミッションは、海外からの寛大な祈りと寄付と技術協力なしには実現も持続もできない福音宣教の現場です。祈りと協働を通して私たち自身が「主における友」として福音の一部、神への道となっていく歩みです。種を蒔く人と収穫を刈り取る人は違う人になると言われます。たぶん私たちも、生きている間に自分の取り組みの成果を見ることはないのだと感じます。しかし私たちは、飢え渇きを同時に感じつつも、希望のうちに奉仕の喜びを証しし続けます。


シノドスからのチャレンジという恵み

吉村 信夫
大阪教区新福音化委員会事務局長、教区シノドス担当チームメンバー

今回のシノドスの衝撃

 会議の名前のように理解されていたシノドス。世界代表司教会議と訳されてきましたから、バチカンで開かれる各国から集まった司教の代表たちの会議のことだと理解することで十分でした。それが、そもそもシノドスは「ともに歩む」という本来の意味があると、今回のシノドスは訴えました。シノドス(ともに歩む)である教会の現実や今後を問い直すシノドス(世界代表司教会議)だというわけです。

シノドス ともに歩む教会を目指して 準備文書

 幼児洗礼を受けて以来67年が経ちますが、教皇の意向に従って2年もの準備期間を取り、世界中の教区が、教会がどこまでシノドス(ともに歩む)であったのかを振り返り、そこから見えてくるものを今後に活かすように取り組むことなど、今までなかったように思います。準備文書には、この振り返りを会議の議題のように処理してはいけないと注意してあります。本心からの分かち合いをするようにと10の質問が提示されています。大阪教区では、祈りのうちに振り返るために、アジア司教協議会連盟がかつて提示したセブンステップという祈りのうちに課題に取り組むプログラムを作成して、ともに歩んでくださるイエスをルカ24章のエマオに行く弟子と「ともに歩む」場面を使い、シノドスの質問に取り組むようにしました。

 準備文書の指示には、できるだけいろいろな人たちの声を聞くように努めることと書かれています。教会で中心的に動いている人たちだけでなく、意見があったとしても聞いてもらえない人たち、教会から離れている信徒たち、さらには信者ではない人たちの声にも耳を傾けるように指示しています。まったく画期的です。報告には、教会に対する否定的な意見も提出するようにとあります。こういったところに、教皇の本気さが表れていると感じます。

 日本の教会が1984年に司教団文書「日本の教会の基本方針と優先課題」を出し、第1回と第2回の福音宣教推進全国会議(NICE)を開催したことを思い起こします。第1回のNICEは、「聞き、吸い上げ、活かす」を大切な指針として、教会が抱えているたくさんの課題を14の課題として提起しました。第1回の後、大阪教区の信徒養成チームの設立に関わり、現在の福岡司教アベイヤ師とともに活動し始めたことを懐かしく思い出します。その後、生涯養成委員会となり、20年間で400回以上の養成コースや研修会を実施しました。1993年の長崎での会議では、会議の準備スタッフとしてプログラム作成に従事しました。本気の司教がた、本気の各教区代表たちが集い、困難はありましたが、手応えのある4日間の全国大会でした。

現実と向き合い刷新していく覚悟と意欲

 次回のシノドスが画期的だと思う理由は、この現実の世界を意識するようにとの準備文書の指摘です。「パンデミック、地域紛争や国際紛争、気候変動による影響の増大、移住者、さまざまな形態の不正義、人種差別、暴力、迫害、人類全体に渡る不平等の拡大」と向き合うこと。特に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが与えた既存の不平等の爆発的増大に着目するように促しています。身近な世界にとどまることなく、地球的な課題も意識してほしいということです。

 教会自身の痛みにも触れています。「教会においても、『あまりに多くの聖職者と奉献生活者による性的虐待、パワーハラスメント、モラルハラスメントのために』、未成年者や弱い立場の人々が経験した苦しみ」があります。書かれてはいませんが、カナダの先住民の子どもたちが同化政策のために親元から離されてカトリック学校で受けた虐待も、最近の心痛む歴史的事実です。教会の負の側面にも目をそらさないようにと指摘しています。これも、画期的ではないでしょうか。

 日本の教会の歩み

 第二バチカン公会議後、司教団レベルでの福音宣教への訴えがいくつもありましたが、先に記述したように、福音宣教推進全国会議(NICE)の開催、それに先立つ「基本方針と優先課題」は非常に重要なことだったと思います。日本のカトリック教会は、教会の一員になる人たちを育てていきたい、そして、福音的な文化を育て、非福音的、反福音的な文化を福音的なものへと変えていく使命を授かっていると明言しました。すべてが称賛されるわけではありませんが、ばらばらになりがちな司教団が、「日本の教会」として一致して歩む方向を識別した事実に感動しました。

 今回のシノドス準備が、新たな「日本の教会」の次の一歩を具体的に探る契機になることを願い、祈っています。それぞれの教区で、濃淡は感じますが、かなり本気でシノドス準備に関わっていることを知っています。準備の中で、私たちの教会の評価に値する側面が明確になるでしょうし、足りない面、ダメな面も浮き彫りになることでしょう。だからこそ、教皇フランシスコが与えてくださったこの機会を有効で有益なものへと結実させたいものです。 

大阪教区の「新生計画」

 1995年1月17日の阪神淡路大震災に向き合うために作成されたのが、大阪教区の新生計画でした。安田久雄大司教の並々ならぬ決意とそれを支える多くの司祭、修道者、信徒がこの計画に関わりました。多くの人たちが驚いたのは、大司教が復興のための資金を作るために、西宮市の高級住宅街にあった広大な大司教館を売却すると決めたことでした。のちにニコラス師からお聞きしたのですが、イエズス会の総会で「大司教は自分の住むレジデンスを売ることにしたそうだ」と他のイエズス会管区長から聞かされ、参加者たちが大いに感心していたとのことでした。

 新生計画は、財務面でも教会運営に関しても、信徒養成についても、かなりの負担を与える内容でした。司祭の中には、こんなことを強行すると、信徒が半分とか3分の1とかになってしまうかもしれないのに、それでも行うのかと問われ、しばらく考えた後、それでも行うと答えたと聞いています。責任者として現在の高松教区司教の諏訪榮治郎師の貢献は大きかったと思います。

 信徒の出番

 今回のシノドス準備の大きなカギは信徒の関わり方にあると思います。信者の99%は信徒です。1%の司祭・修道者に頼りがちであった今までを越えて、また、信徒が頑張ることをそっと邪魔してきた人たちのあり方を変えることから始めなければならないようにも思います。シノドス手引書の14ページに、聖職者主義の弊害を克服すべきと明記されています。

 信仰を与えられた喜び、手応え、うれしさを実感し直す分かち合いをしましょう。新聞を読みながら祈ることを心がけましょう。「聖書と典礼」の集会祈願を読み、今日のミサが何を求めてささげられるのかを意識して与りましょう。ピンときた聖書の個所を専用のノートに書きうつす習慣を付けましょう。ミサに行ったら、挨拶したくない人にも挨拶するように心がけましょう。私たち信徒が前面に出てイエスの教会を盛り立てていく時代が来るのですから。

 教皇フランシスコの壮大な計画、本来の教会に立ち返って、もう一度教会を作り上げてくださいという願いの真剣さに、本気で関わりたいと思います。