『エコロジカルな回心のための霊的な旅路 『ラウダート・シ』 からの呼びかけ』

中井 淳 SJ 
ロクスひよりやま キャプテン

2015年5月に、故教皇フランシスコが、『ラウダート・シ』というエコロジーを主題にした回勅を出してから10年が経ちます。この教皇文書は、良心を持つ全ての人々と対話するために書かれたものです。地球環境の問題をただ科学技術によって解決しようとするのではなく、人間が根本的に回心し、生き方と、自然との関わり方を変えていかなければならないと訴えるこの文書は、キリスト教という宗教の枠組みを超えてあらゆる人に大切なメッセージを語りかけてくれるものであり、少なからず世界の環境問題への取り組みに影響を与えてきたと言われています。

「生態学的危機は心からの回心への呼びかけです」という『ラウダート・シ』のメッセージにどう応えるのか、この文書を読んで以来、その方途を探し続けていました。2年前にフランスのアミアンで、イエズス会の創立者聖イグナチオの霊性を生きる信徒のグループCLC(クリスチャン・ライフ・コミュニティ)のメンバーにこの本を勧められ、その答えがここにあると感じ、ぜひ日本の人々に伝えたいと思い、訳を試みました。

この本は、フランスのイエズス会員のエリック・シャルムタン神父、ブラザー・ジェローム・ゲが共著したもので、『ラウダート・シ』を中心的なテキストとしながら、聖イグナチオが私たちに残した「霊操」と呼ばれる黙想の仕方を用いて祈っていくものです。この本では丁寧にそのやり方が説明されていますので、霊操を未体験の方でも、読み、実践していくことができると思います。聖書の言葉、先人たちの深い洞察の言葉、多様で豊かな祈りの材料が、あなたを自然と共なる祈りの旅路へと導いてゆくでしょう。

一人で、あるいはグループでぜひこの本を読んで、実際に黙想の時間をとりながら、皆さんのエコロジカルな霊性が育まれる助けとしていただけたらと思います。日本の文脈も統合できるようにと思い、四人の方に祈りのアシストコラムを書いていただいたので、参考としてください。

それでは、皆さんのエコロジカルな回心のための霊的な旅路が深く、実り豊かなものとなりますように。

マレーシアのサバ州の先住民と生態系

ジョジョ М フン SJ
ロヨラ神学大学准教授/p>

マレーシアのサバ州は、私が生まれ育った故郷です。この州はボルネオ島の北部に位置し、サラワク州と共に1964年に近代国家マレーシアを形成しました。サバ州の面積は74,398km2で、2020年のマレーシア国勢調査によると人口は3,418,785人です。そのうち43の先住民族グループがおり、50以上の言語と80の民族方言を話します。サバ州では、連邦憲法によって先住民、すなわち現地の言葉で「アナク・ネゲリ(Anak Negeri)」と呼ばれる人々が認定されており、その中にはドゥスン族、ムルット族、パイタン族、バジャウ族などが含まれます。

サバ州の農村部に暮らす先住民の多くは、教皇フランシスコが『愛するアマゾン(Querida Amazonia)』48項で言及された、ボルネオの緑豊かな赤道盆地の最後の守護者でありながら、その存在が最も軽んじられている人々です。この生物群系は、驚くほど多様な森林を育み、降雨周期や気候の均衡において極めて重要な役割を果たしています。さらに、多種多様な生物を支える一方で、地球温暖化を防ぐ二酸化炭素の重要なフィルターとしても機能しています。

サバ州の経済は、木材産業によって支えられています。サバ州では、1,647,149ha(州土の22%)が原生林と見なされる一方、2,322,139ha(31%)がすでに伐採された森林地域でした。過去数十年間にわたり、サバ州の伐採済み森林の86%が少なくとも2回、12%が3回、残りの1%が4回以上伐採されたため、深刻な劣化が進んでいます。1973年から2015年にかけて、サバ州は経済成長のために総歳入の50%を生み出すべく、1,862,375haもの森林(州の陸地面積の約25%)を犠牲にしました。2015年時点での森林面積は、なお陸地面積の53%(3,969,288ha)を保っていましたが、木材生産量は1978年のピーク時1,300万m3から、2019年には107万m3へと減少しました。

森林破壊を食い止めるため、サバ州森林局は1997年の森林管理ユニット(FMU: Forest Management Unit)の実施を経て、2015年に持続可能な森林管理(SFM: Sustainable Forest Management)の概念を導入しました。この概念は、植林、再生、そして森林伐採といった活動において、経済、環境、社会という3つの持続可能性の柱を掲げています。サバ州には350万haに及ぶ森林保護区(FR: Forest Reserve)があり、2008年には木材生産のための森林改良と再生を確実にするため、50,410haのタンクラープ・スンガイ・タリブFMU 17Aが開発されました。サバ州は現在、2026年末に期間満了となる第2次10か年森林管理計画(FMP)の期間中です。

一部の先住民指導者からは、サバ州森林局が1930年のサバ州土地条例(1996年改訂)に定められた先住民の慣習的権利を侵害しているとの声が上がっています。さらに、サバ州の森林地に関する州法は、先住民の土地所有権の完全な承認を妨げる要因となっています。公共の森林地が州の信託財産とされているため、先住民コミュニティは所有権を持たずとも、果樹や陶磁器の遺物、埋葬地、さらには埋葬用のひょうたんや祠、水源地といった、共同利用が証明されている資源や放牧地に対する集合的権利のみを享受しているのが現状です。多くの場合、慣習的な土地は保護区に転換され、伐採企業に伐採権が与えられますが、コミュニティへの通知は、この変更が官報に掲載されるだけという形で行われがちです。その後、異議申し立ての機会は設けられているものの、影響を受ける人々に直接通知されることはほとんどありません。

こうした状況から、地元の先住民指導者たちは、「一般森林管理ユニット」(General FMU)に関する情報が、州全体の適切な協議やインフォームド・コンセントを得ることなく、農村部の村民へ一方的に伝えられたと訴えています。このため、FMUと地元コミュニティ間の円滑なコミュニケーションを目的とした「地域諮問委員会」のような関与メカニズムに対する認識が不足していました。このような協議の欠如は、現代の森林管理、関連する土地利用の決定、そしてFMU内での炭素関連活動から、先住民を組織的に排除する結果を招いています。彼らのコミュニティは、かつて宗教、文化、そして社会経済的な生活を森林に大きく依存し、歴史的な森林の守護者としての役割を担っていましたが、この排除によってその役割は即座に断ち切られました。外部の所有者によって、共同体や家族の土地所有権が密かに奪われたことに対し、強い非難の声を上げています。

NGOは、こうした農村コミュニティを支援するため、代々受け継がれてきた土地の3D航空測量や共同マッピングを行い、法廷で州やFMU関連企業、および民間認可保有者による「土地の違法取得」を覆すための有効な証拠として提出しています。また、慣習に基づく土地の権利を用益権(所有ではなく使用の権利)と誤って解釈することに基づき、先住民の領域内で行われる資源採掘や開発プロジェクトに対する違法な認可発行に対しても、NGOは先住民コミュニティと連携して反対運動を展開しています。土地を失ったこと、特に代々受け継がれてきた土地の権利を奪われたことに対して、正当な補償を求めています。さらに、サバ州の先住民は、代々受け継がれてきた土地の権利と所有権を州に正式に認めてもらうため、法廷闘争に訴えています。

様々な利害関係者間の複雑な相互作用を考慮すると、サバ州における公園の保全と管理のために設立された法定機関である、サバ州公園管理委員会が管理・運営するキナバル国立公園は、コミュニティとの協議と関与により注意を払うようになっています。2025年5月27日に私がキアウ・ヌル村を訪問した際、キナバル国立公園管理当局は、隣接する先住民コミュニティとの協議と関与のプロセスを開始したと、コミュニティの指導者たちから伝えられました。代々受け継がれてきた土地とキナバル国立公園間の係争の境界線はまだ審理に係属しているものの、コミュニティのメンバーはガイドとして雇用され、数名はキナバル・ジオパークの職員としても働いています。毎年12月には、ボボリアン(地元の伝統的なシャーマン)が関わる儀式的な祭典を含む、キナバル国立公園とコミュニティが共同で行う祝賀行事も開催されています。

サバ州政府、サバ州森林局、キナバル公園および関連機関は、先住民を「主要な対話の相手として尊重すること」が大切です。とりわけ、彼らの土地に影響を及ぼす大規模な計画が提案される際には、この点が重要になります。彼らにとって、土地は売買の対象などではありません。むしろ、そこに眠る祖先が託してくれた、まさに神からの賜物であり、アイデンティティと価値観を維持するために、彼らが深く関わり続けるべき聖なる場所なのです。「先住民が自分の土地にとどまるなら、彼ら自身がそれを最もよく世話することができます」と『ラウダート・シ』は述べています(146)。さらに、先住民により代々受け継がれてきた土地は、「すべてに霊が宿る」という信念や、自然、土地が聖なるものであるという祖先の霊性の実践の場です。この権利は、先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)の第5条、第8条(2)(a)、第11条、第12条、第15条、第34条によって保障されています。

このことは、教皇文書『ラウダート・シ』(179)と『愛するアマゾン』(71)で改めて強調されています。両文書は、先住民コミュニティが「生態系を大切にする」こと、そして「地球が生活を支える豊かな源であると同時に、尊敬と優しい愛を呼び起こす母のような存在である」ことを認識している点を指摘しています。

この認識は、私たちに多くの価値観を求めています。それは、「神の働きに心を開くこと、大地の恵みに感謝すること、人間の命の尊厳や家族を重んじること、連帯感や共同責任を持つこと、礼拝を大切にすること、現世を超えた永遠の生命を信じること」などです(QA 70)。この聖なる感覚は、「私たち自身の人生や自然との関わりを本当に大切にすることは、兄弟愛、正義、そして他者への誠実さと切り離せない」ということを意味します(LS 70)。なぜなら、万物は神へと向かい、創造主と一つになることを目指しているからです(LS 236)。

広島・長崎での日米平和巡礼で感じたキリスト者の希望

小宮 一航
上智大学大学院 神学研究科博士前期課程

2025年8月5日から11日にかけて、アメリカの司教4名(スーピッチ枢機卿/シカゴ、マケロイ枢機卿/ワシントンDC、エッチェン大司教/シアトル、ウェスター大司教/サンタフェ)と日米のカトリック大学による広島・長崎平和巡礼が行われた。上智大学からは、カトリック・イエズス会センターのサポートにより、私を含めて6名の学生が巡礼団に加わり、さらに光延一郎神父とムカディ・イルンガ神父も引率として参加してくださった。

上智大学からの参加学生と、主催者である宮崎広和ノースウェスタン大学教授(前列左)、杉村美紀上智大学学長(前列左から2番目)、Sr.坂本久美子長崎純心大学学長(前列中央)、飯島真理子上智大学副学長(後列右)

アメリカのカトリック大学9校から派遣された40名以上の学生・教職員とともに、祈りと対話のうちに過ごした被爆地での7日間は、私にとって、キリスト者の希望とは何であるか、そしてその希望がいかに私たちに平和への行動を要求するものであるかを、改めて認識する機会となった。

エリザベト音楽大学で開催された広島教区の平和行事から始まった平和巡礼は、世界平和記念聖堂や浦上天主堂などでのミサ、核をテーマにした学術シンポジウム、長束修道院の訪問、日米学生の対話セッション、長崎市の平和祈念式典への参加など、非常に豊かで濃度の高いプログラムが目白押しだった。共に祈り、分かち合い、学び、そして夜には日米の学生たちで楽しい食事の時間を過ごした1週間の全てをここに書き切ることはできないが、その中でも特にキリスト者の希望と平和について深く内省させられた出来事を、3つほど紹介したい。

最初に紹介したいのは、8月5日の「平和祈願ミサ」と8月6日の「原爆とすべての戦争の犠牲者のためのミサ」で、それぞれ菊地功枢機卿とスーピッチ枢機卿が語った、響き合う2つの言葉である。菊地枢機卿は説教のなかで、ご自身がアフリカのルワンダ難民キャンプで経験した武装集団による襲撃の記憶を語られ、いのちに対する暴力の記憶を忘れず、真摯に向き合うことの必要性を説かれた。そして、原爆という悲惨極まりない暴力の記憶を忘れまいとする私たちが、核兵器のない世界を目指し、イエスの説いた真福八端を生きようとすることを、「夢物語とするのか、現実とするのかは、私たちの決断です」と力強く語られた。私たち一人一人がキリストの言葉を実現するための決断を求められていることを再確認させるこの言葉は、翌日のミサ説教でスーピッチ枢機卿が語った言葉によって、さらに豊かさをもって響いてきた。

スーピッチ枢機卿は、主の変容の出来事を思い起こしながら、教皇フランシスコが広島で示した「思い出す、共に歩む、守る」という3つの倫理的義務について語られた。そして、このビジョンを実現するための力となる、イエスが私たちの真ん中に現存しているという希望は、単なる楽観主義とは違い、「楽観主義は明日のことですが、希望は今日のことなのです(optimism is about tomorrow, but hope is about today)」と話された。神の現存こそが私たちの希望の源であり、それは「今、ここ」に生きる私に行動を促すものなのだと、気付かされた。

私たちが神から与えられている希望は、決して夢物語しか語らない楽観主義などではなく、今この時の決断と勇気によって現実を変え、平和を実現することのできる、力強い希望である。広島の地で語られた二人の枢機卿の言葉は、このことをはっきりと示してくれたように思う。

2番目に紹介したいのは、8月10日に長崎大司教区の聖年行事として行われた、「ともにあゆむ“平和の巡礼者”の集い」で登壇した、ミライア・ゴメス氏(ニューメキシコ大学准教授)の言葉である。彼女は、マンハッタン計画の中心となったニューメキシコ州ロスアラモス近郊の出身であり、祖父母の農場は核開発実験のために没収され、親族の一人は核実験の事故で亡くなったという。このようにアメリカ国内での核開発等による放射能の被害を受けた人々が“downwinders”と呼ばれていることを、恥ずかしながら私は彼女の話を聞いて初めて知った。被爆者は日本国内だけでなく、核実験や放射能汚染によって被害を受けた世界のさまざまな地域にいるという事実に、私は今まで思いを馳せることができていなかった。

そして講演の最後に、ゴメス氏は、小さな瓶に入った土を皆の前に差し出した。それは、ロスアラモス近くにあるEl Santuario de Chimayoという有名な巡礼地になっている教会の土であった。彼女はそれを、日本人に対する「ごめんなさい」という言葉と共に長崎に持ってきたのだった。彼女自身も親族を放射能によって亡くし、今も苦しみ続ける土地に住む人の一人であるにもかかわらず、である。

彼女自身の苦しみにもかかわらず、一体どうしたら「ごめんなさい」という言葉を、こんなにもまっすぐに伝えることができるのか、私は驚かされたが、これこそが人間の次元を超えて可能となる神のもとでの和解の姿なのではないかと思う。人間が持つ憎しみや恨み、あるいは不都合な記憶を忘れようとする力をはるかに超えて、キリストが私たちに求めているのは現実を直視する勇気であり、それを変えるための行動であり、心からの「ごめんなさい」と「ゆるし」を伝える真摯さなのではないだろうか。果たして私たちはその真摯さを実現できているのか、今改めて問いかけられているように思う。

イエズス会長束修道院にて

最後に紹介する出来事は、8月8日に長崎純心中高で行われた対話セッションである。「出会いと希望」と題されたこのセッションでは、日米の学生たちが6人ほどのグループに分かれ、対話ののちに祈りの言葉を作成した。対話は「霊における会話」のメソッドをもとに行われたが、長崎純心大学の学生はほとんどがノンクリスチャンであり、上智やアメリカの学生にもカトリックでない学生が多くいたため、聖霊という言葉は使わず、分かち合いのテーマもキリスト教に直接関連するものではなかった。

対話はまず、それまでの巡礼の歩みを振り返り、自分の思いを分かち合うことから始まった。アメリカの学生は、原爆加害国の出身者として、日本に来ることへの申し訳なさや不安を素直に吐露してくれた。長崎の学生は、平和教育が彼らの日常に根付いていること、そしてアメリカの学生が長崎に来てくれたことへの素直な喜びを分かち合ってくれた。

全部で3ラウンド行われた対話の中で、私たちは自身が招かれている方向を少しずつ識別していった。その中で気がついたのは、それぞれの視点が多様でありながらも、平和という一つの目標のために同じ道を歩みたいと願っているということだった。「今、ここ」で私たちが共に語り合っているそのこと自体が、まさに小さな希望の種であった。私たちのグループは、この小さな種がいつか平和という大きな実を結ぶことへの願いを祈りにして、浦上天主堂での平和祈願ミサで共同祈願として捧げた。

この対話で特に印象に残ったのは、対話の方法と文脈が必ずしもキリスト教的なものに限定されていなかったにもかかわらず、セッション後に多くの参加者が、「大いなるもの」が私たちに何かを語りかけているという実感を分かち合っていたことである。ノンクリスチャンも含むすべての参加者が、大いなる存在を感じ、その声に耳を傾けて作られた祈りが、浦上天主堂を満杯に埋める信徒たちと共に神さまの前に捧げられた。このことは、この「声」の主としての聖霊を信じ、イエスの福音がもたらす希望を生きようとする私たちにとって、この希望が決してキリスト教徒だけのものではなく、すべての人に語りかける普遍的なものであることを思い起こさせてくれた。

対話セッション「出会いと希望」で分かち合いをする筆者(左から2番目)と日米の学生たち

広島・長崎での平和巡礼は、そこに集った立場も出身も多様な人々の交わりを通して、キリスト者の希望という一つの道標を力強く指し示してくれた。イエスの現存によってもたらされるその希望は、今この時の決断と勇気によって現実を変え、平和を実現することのできる力を持っている。その希望によって私たちは、人間的な憎しみや弱さを超えた本当の和解へと至るための「ごめんなさい」を口にすることができる。そして、私たちが拠り所とするこの希望は、国籍を超え、信仰を超えて全ての人に働きかけている。巡礼を通して見出したこの希望の小さな種を、神さまの愛のまなざしのうちに大きく育てていくことができるよう、自らの場所で使命を果たし続けていきたいと思う。

日本の近現代史を学ぶ書籍紹介シリーズ【5】
日本による台湾・朝鮮の植民地支配

編集部

1) 日中韓3国共同歴史編纂委員会 『新・未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』 高文研 2025年

目次

第Ⅰ部 東アジアの変動と近代化

第1章: 開港と近代化

ヨーロッパは、突然、東アジアにやってきたのか / 民衆は新しい国家の建設にどのように対処し、参加したのか など

第2章: 戦争と東アジア秩序の再編成

日本はどのように台湾を植民地支配したのか / 日本は朝鮮をどのように支配したのか など

第3章: 民衆生活の変化

新たな交通手段と電信は民衆にどのような変化をもたらしたのか / 家族や両性関係はどのように変化したのか / 学校の登場で子どもたちは何をどう学ぶようになったのか など

第Ⅱ部 ふたつの世界大戦と東アジア 

第1章: 第一次世界大戦以後の東アジア

3・1運動と5・4運動が夢見た世の中は何だったのか / 「不戦」の取組みにもかかわらず、なぜそれは破綻したのか など

第2章: 東アジアの総力戦と民衆の抵抗

日本はなぜ継続して対外戦争を拡大したのか / 女性にどんな暴力が振るわれたのか など

第3章: 大衆文化と民衆の生活

東アジアの都市民衆はどのように暮らしていたのか / すべてを戦争に──子どもたちは総力戦の時代をどう生きたのかなど

 第Ⅲ部 現代世界と東アジア 

第1章: 戦後国際関係の変化と民衆

8月15日は何の日か──戦争終結の意味 / 東アジアの人びとは平和のためにどのような努力をしたのか など

第2章: 経済成長の光と影

東アジア各国の経済が急速に成長した理由は何か /インターネットとソーシャルメディア など

第3章: 東アジアの未来

グローバル化は、なぜ無限競争を生み出したのか / 歴史認識の対立をどのように和解につなげるのか など

今年2月号で紹介した日中韓3国共同歴史編纂委員会が今年9月に出した本である。以前同委員会が出版した『未来をひらく歴史』(2005年)や『新しい東アジアの近現代史』(2012年)と比較すると、その後の研究成果を導入しながら、すべての章と節に問いを設定して、読者と共にそのテーマを探究しようとする執筆方法がよい。

さらにいくつかのコラムで興味深い問題提起をしている。たとえば、「民間宗教と男女平等」では、19世紀半ばに登場した民間宗教(中山みきの天理教、洪秀全の拝上帝会、崔済愚の東学など)において家父長制度を否定し男女平等を志向する動きがみられること、また「米騒動」では、日本の米騒動が東アジア全体のコメの流通や価格に与えた影響が示されている。

さて今回も、三好千春さんの指南を受けながら、近代日本による植民地に関する書籍を取り上げる。近代日本による植民地化は琉球と蝦夷地から始まり、台湾、朝鮮半島、樺太、関東州、国際連盟が委任統治を託した南洋諸島、満州国、さらには1931年以降の中国や東アジアなどの日本軍支配地まで及ぶが、今回は台湾および朝鮮半島に関して取り上げる。

日本植民地時代の台湾および朝鮮の経済について概観するには、平井健介「日本植民地の経済――台湾と朝鮮」(『岩波講座 世界歴史』第21巻収蔵)が20ページの分量でよくまとめている。まずこの時期の経済成長が経済活動の過程における総督府や内地資本などの統治側の影響力だけではなく、被統治者が植民地統治下で変化する経済環境に積極的に対応した結果であること、また経済活動の結果を地域差、民族差、階級差に分けてとらえ、外地経済の成長は内地の経済利害に反しない限りで許されたこと、さらに経済成長の恵沢は外地よりも内地、外地の中でも内地人の社会的上位層(官僚、資本家、地主など)がより恵沢を受けやすい構造にあったことを指摘している。

『岩波講座 世界歴史』第21巻

このような植民地支配の根本的なことを考慮しない書籍が多数見受けられる。たとえば木村光彦『日本統治下の朝鮮: 統計と実証研究は何を語るか』(中公新書 2018年)である。「総合的にみれば、日本は朝鮮を、比較的低コストで巧みに統治したといえよう。巧みにというのは、治安の維持に成功するとともに経済成長を促進したからである」(終章「朝鮮統治から日本は何を得たのか」より)。「巧みに統治」し、「治安の維持に成功」とする具体的な過程、過酷な弾圧の被害や土地収奪などの統計を本書は語らない。また学校教育の就学者に関する統計や日本資本の多くの工場における賃金や労働争議などの統計を語らない。

2) 水野直樹 藤永 壯 駒込 武 編 『日本の植民地支配 肯定・賛美論を検証する』 岩波ブックレット 2001年

水野直樹 藤永 壯 駒込 武 編 『日本の植民地支配 肯定・賛美論を検証する』 岩波ブックレット 2001年

内容

Q1:朝鮮の伝統社会は停滞していたのか? /  Q2:日本の植民地支配は「未開瘴癘」の台湾に「文明」をもたらしたのか? / Q5:韓国「併合」は「合法」だったのか? / Q7:近代的な教育の普及は日本の植民地支配の「功績」なのか? / Q11:朝鮮での米の増産は農民を豊かにしたのか? / Q14:植民地労働者の戦時動員は強制ではなかったのか? / Q15:「慰安婦」問題で日本国家に責任はないのか? / Q16:朝鮮の「創氏改名」、台湾の「改姓名」は強制ではなかったのか? / Q18:韓国の人たちは「反日的」、台湾の人たちは「親日的」というのは本当なのか? / Q19:植民地期の開発は、戦後の台湾・韓国の経済発展に寄与したのか? 


など、全部で20の問いかけに対して簡潔に答えている。

3) 水野直樹 編 『生活の中の植民地主義』 人文書院 2004年

3) 水野直樹 編 『生活の中の植民地主義』 人文書院 2004年

目次

序論――日本の植民地主義を考える / 朝鮮人の名前と植民地支配 / 植民地支配、身体規律、「健康」 / 植民地における神社参拝 / 台湾先住民と日本語教育――阿里山ツオウ族の戦前・戦後 / ブックガイド


「欧米の植民地支配は、一般的にいうなら、西洋文明を絶対化することによって被支配者をそれとは対極の位置に固定したうえで、被支配者を『文明化』することに自らの使命を見出し、文明化した被支配者にはそれ相応の地位と権利を付与する。これに対して、日本の『同化』政策は、『普遍的な』文明を基準とする『文明化』という面を持ちながらも、それ以上に『日本的なもの』を被支配者に植え付けようとする面が強い。あるいは『同化』と『文明化』とは一体のものとみなされていたともいえる。しかし、被支配者が日本に同化したとしても彼らに同等な地位と権利は与えようとしない点で『排除』の側面が強い。日本の同化主義は、日本がとり入れた西洋文明…をも一つの拠りどころとしていたが、それ以上に天皇をいただく日本の『国柄』=優越性への信仰によって支えられていた。植民地住民は『天皇の赤子』となることによって幸福になれるとし、それを強要したのである。」(序論より)

 台 湾 に つ い て 

4) 薛 化元 編 永山英樹 訳 『詳説 台湾の歴史 台湾高校歴史教科書』 雄山閣 2020年

薛 化元 編 永山英樹 訳 『詳説 台湾の歴史 台湾高校歴史教科書』 雄山閣 2020年

目次

 第一篇 早期の台湾 

第1章: 16世紀中葉以前の台湾と原住民

第2章: 国際競争時代

第二篇 清統治下の台湾 

第3章: 開港前の政治と経済

第4章: 開港前の社会と文化

第5章: 開港後の変遷

第三篇 日本統治下の台湾 

第6章: 総督主導の新時代

第7章: 日章旗下の台湾社会

第8章: 戦火蔓延下の台湾

第四篇 中華民国統治下の台湾 

第9章: 政治:戒厳令から戒厳令解除まで

第10章: 経済:成長と課題

第11章: 社会の変遷と文化の発展


2011年に出された台湾の高校歴史教科書の翻訳である。日本統治時代だけではなく、今日の台湾社会を理解するうえでも、清統治下の中国大陸からの移民とその影響や台湾統治の在り方を理解する必要がある。また本書は1947年の二・二八事件など国民政府による人権弾圧などにも言及している。台湾通史として良書である。

5) 春山明哲 松田康博 松金公正 川尻桃子 編 『台湾の歴史 大全 ――基礎から研究へのレファレンス』 藤原書店 2025年

5) 春山明哲 松田康博 松金公正 川尻桃子 編 『台湾の歴史 大全 ――基礎から研究へのレファレンス』 藤原書店 2025年

目次

Ⅰ 台湾史概説 

1 総説 / 2 17~19世紀 / 3 政治・経済史 1868~1945年 / 4 社会・文化史Ⅰ 1850~1945年 / 5 政治史 1945~2024年 / 6 経済史 1945~2024年 / 7 社会・文化史Ⅱ 1945~2024年

Ⅱ 台湾史事典(全179項目)

Ⅲ 文献レファレンスと研究レビュー

1 先史時代・考古学・台湾の先住集団 / 2 オランダ統治時代・鄭氏時代 / 3 清代台湾 / 4 近代日本・台湾関係史(1874~1895~1945) / 5 政治史・外交(対外関係)史、国際関係(1943~2024年) / 6 経済史・産業史 / 7 社会史 / 8 文学史 / 9 文化史 / 10 女性史・ジェンダー史

Ⅳ 台湾史研究の思想と方法

1 学際研究としての台湾史 / 2 台湾原住民族研究史 / 3 台湾における台湾史研究 / 4 伊能嘉矩から矢内原忠雄まで――「知の媒介者」としての後藤新平 / 5 台湾史研究と地域研究――若林正丈の方法 / 6 「帝国史」研究の課題――台湾史研究と朝鮮史研究の「相互参照」を中心として / 〈論考〉 台湾研究のメタヒストリー――地域研究としての台湾と日本

Ⅴ 研究ガイド

1 研究組織・研究機関・海外 / 2 図書館・アーカイブにおける近現代台湾関係資料――国立国会図書館憲政資料室を中心に

資料編 

1 台湾史ライブラリー / 2 台湾史・日台関係史 基本年表


Ⅰにおいて台湾史を概説しているが、Ⅱでは概説の中の主項目について本書の約半分を割いて用語説明(事典)に充てている。ⅢとⅣでは、植民地統治時代を含めてさまざまな分野における基本文献を紹介し、研究動向や研究課題について言及している。

6)  平井健介 『日本統治下の台湾 開発・植民地主義・主体性』 名古屋大学出版会 2024年

6)  平井健介 『日本統治下の台湾 開発・植民地主義・主体性』 名古屋大学出版会 2024年

目次

序 章: なぜ日本統治時代の台湾なのか 

第Ⅰ部 台湾統治の開始——19世紀後半

第1章: 台湾領有の系譜 / 第2章: 統治者の交代、被治者の選別(日台戦争 など)

第Ⅱ部 「対日開発」の時代——1895~1910年代前半

第3章: 統治の開始 / 第4章: 帝国経済圏の形成 / 第5章: 近代製糖業の移植 / 第6章: 官業(アヘンや樟脳の専売 など)

第Ⅲ部 「総合開発」の時代——1910年代後半~1930年代前半

第7章: 統治の再編 / 第8章: 農業の多角化(稲作の拡大 など) / 第9章: 工業化の進展 / 第10章: アジアのなかの台湾(東アジア砂糖市場のなかの台湾糖、華僑通商網 など) / 第11章: 地方開発

第Ⅳ部 「軍事開発」の時代——1930年代後半~1945年

第12章: 統治の黄昏(皇民化政策と軍事開発 など) / 第13章: 戦時下の台湾経済(戦時下の生活 など) / 終 章: 日本統治時代の開発の評価(台湾人の主体性、アジアへの開放性 など)

台湾の人々は日本による統治に基本的に好意的であったという意見がある。しかし下関条約以前の日清戦争における死亡者は2,647人、台湾を占領するための日本軍の死亡者は10,841人と示されるように、台湾の抵抗が強かった。また、台湾統治の第一の目的は砂糖、次いで米の食糧原料基地化であり、第二に華南や東南アジアへの経済的、政治的、さらには軍事的進出の拠点地化であ った。軍事的拠点化のために、1930年代後半以降国語常用運動や改姓名などの皇民化政策、軍夫・労務者の徴用、志願兵・徴兵制の導入へと続く。さらに総督府は南進に積極的であった海軍と組んで華南・東アジアを占領し、台湾総督が南方総督を兼任する構想も持っていた。

7) 游 珮芸 周 見信 倉本知明 訳 『台湾の少年1 統治時代生まれ』 『台湾の少年2 収容所島の十年』 『台湾の少年3 戒厳令下の編集者』 『台湾の少年4 民主化の時代へ』 岩波書店 2022~24年

7) 游 珮芸 周 見信 倉本知明 訳 『台湾の少年1 統治時代生まれ』 『台湾の少年2 収容所島の十年』 『台湾の少年3 戒厳令下の編集者』 『台湾の少年4 民主化の時代へ』 岩波書店 2022~24年

蔡焜霖(さい こんりん)という実在の人物を主人公に描いた漫画。主人公は1930年、台中州(現在の台中市)の生まれ。清水南国民学校を卒業した後、台中第一中学校に進学するが、授業よりも軍事訓練、基地構築の勤労奉仕、米軍による空襲などが語られる。その後の展開は…。各巻末には主人公の歩みと当時の出来事を記した年表と史的背景の説明が載せられている。

 朝 鮮 に つ い て 

8) 和田春樹 『韓国併合 110年後の真実 : 条約による併合という欺瞞』 岩波ブックレット 2019年

8) 和田春樹 『韓国併合 110年後の真実 : 条約による併合という欺瞞』 岩波ブックレット 2019年

目次

 日露戦争後の日本の韓国支配 /  日本政府の併合断行方針決定さる /  寺内正毅の登場 /  併合の実施過程 /  併合の宣布

併合条約は当時、列強によって有効と認められた。しかし、今日から見れば、軍事力により強制させた併合条約は併合と植民地支配を正当化し、合法化すると認めることができるのだろうか。最も根源的には、日本による侵略と植民地化に対して私たちがどのように向き合うべきかを問う。

また同著書の『日韓条約60年後の真実 韓国併合とは何だったのか』(岩波ブックレット 2025年)は、日本による韓国併合は正当か不当か、当時の国際法上有効か無効か、今日に至るまで両国政府間で合意を得ない議論の重要な課題は、1965年に締結された日韓条約第2条をめぐる認識の相違にあるとする。日本敗戦後の交渉開始から締結、そして現在に至るまでの経緯をたどり、なぜ認識の相違が生まれ、放置されてきたのかを考える。

9) 水野直樹 庵逧由香 酒井裕美 勝村 誠 編著 『図録 植民地朝鮮に生きる――韓国・民族問題研究所所蔵資料から』 岩波書店 2012年

9) 水野直樹 庵逧由香 酒井裕美 勝村 誠 編著 『図録 植民地朝鮮に生きる――韓国・民族問題研究所所蔵資料から』 岩波書店 2012年

目次

第1章: 「韓国併合」への道

1 植民地領有戦争 / 2 「韓国併合」 / 3 韓国から見た「併合」

第2章: 植民地下の朝鮮人

1 植民地支配の構造 / 2 植民地支配政策 / 3 植民地支配と文化・教育 / 4 朝鮮人の生活と抗日運動 

第3章: 総動員体制下の朝鮮人の生活

1 総動員体制下の朝鮮 / 2 皇国臣民化政策 / 3 モノとカネの動員 / 4 ヒトの動員


本書は写真だけではなく、ポスター、チラシ、絵葉書などの視覚資料を重視する。「事実」という観点からは写真がまさるかもしれないが、制作者の意図に基づいて作られたため、「真実」をより映し出すからである。また侵略や植民地支配は虐殺と収奪、支配と被支配の関係形成を伴うものであったが、同時に日常生活や文化のレベルでも略奪と支配がなされていた。このような観点から、おもにソウルにある民族問題研究所が所蔵している資料から厳選して示し、簡潔な説明を付している。

10) 趙 景達( チョ キョンダル)『近代朝鮮と日本』 岩波書店 2012年

趙 景達( チョ キョンダル)『近代朝鮮と日本』 岩波書店 2012年

目次

第1章 朝鮮王朝と日本 / 第2章 朝鮮の開国 / 第3章 開国と壬午軍乱 / 第4章 甲申政変と朝鮮の中立化 / 第5章 甲午農民戦争と日清戦争 / 第6章 大韓帝国の時代 / 第7章 日露戦争下の朝鮮 / 第8章 植民地化と国権回復運動 / 第9章 韓国併合


朝鮮王朝の建国理念は朱子学であり、その政治理念は慈悲深い君主が民の声をくみ取りながら、徳治を行うという儒教的民本主義であり、外交理念は特に明王朝が滅亡したのちは小中華思想であった。19世紀に入ると、飢餓や収奪、商品経済の進展などによって農民層が、地主と富農、そして小作農に分解し始める危機、フランス、アメリカ、日本などによる軍事的圧力による危機、王権弱化の危機が生じる。実際に農民抗争は頻発し、日本による軍事的圧力は強まっていく。王朝(1897年以降は帝政)と日本、そして農民を主体とする民衆の関係がどのように展開していったのか、また王朝や帝政および民衆のさまざまな抵抗の中に儒教的民本主義がどのように作用したかを説く。

11) 趙 景達 (チョ キョンダル)『植民地朝鮮と日本』 岩波書店 2013年

趙 景達 (チョ キョンダル)『植民地朝鮮と日本』 岩波書店 2013年

目次

第1章 日本の軍事支配 / 第2章 三・一運動 / 第3章 文化政治への転換 / 第4章 民族運動の展開 / 第5章 植民地の近代 / 第6章 文化政治の終焉と日本人 / 第7章 戦時体制と朝鮮 / 第8章 戦争と解放

前掲書の続編。同じく儒教的民本主義が植民地下も独立運動や小作争議や労働争議などさまざまな抵抗活動、さらには終末思想を持つ新興宗教を支えてきたかを記す。また日本の植民地支配や戦時下の「内鮮一体」の本質に迫る。

12) 赤旗編集局 編 『日韓の歴史をたどる――支配と抑圧、朝鮮蔑視観の実相』 新日本出版社 2021年

12) 赤旗編集局 編 『日韓の歴史をたどる――支配と抑圧、朝鮮蔑視観の実相』 新日本出版社 2021

目次

Ⅰ 侵略の始まりと日清戦争

江華島事件/日清戦争/東学農民戦争/東学農民軍の遺骨/王后殺害事件

Ⅱ 日露戦争と「韓国併合」

日露戦争/保護国化/「第一次日韓協約締結の記念写真の誤りについて」/「韓国併合」/武断政治

Ⅲ 独立求める朝鮮人民のたたかい

義兵戦争/朝鮮蔑視の形成/三・一独立運動

Ⅳ 「同化政策」と収奪の強化

「文化政治」/土地の収奪/米の収奪/関東大震災/「併合」下の教育/満洲侵略と朝鮮/労働者移動紹介事業

Ⅴ 「皇民化政策」がもたらしたこと

「皇民化政策」/植民地公娼制/朝鮮人「慰安婦」/創氏改名/米の供出/強制労働動員

Ⅵ 戦争協力の抵抗

「民衆の抵抗」/朝鮮人学徒兵/光復運動

Ⅶ 植民地支配責任を問う

在日朝鮮人/在日朝鮮人の権利/植民地支配責任/『反日種族主義』に見る韓国


目次に見る33項目を、李 省展(イ ソンジョン)、井上勝生、糟屋憲一、愼 蒼宇(シン チャンウ)、中塚 昭、水野直樹ら20人の専門家が全体で140ページの分量でコンパクトにまとめている。そのため歴史の詳細には踏み込まないが、基本的な問題提起がはっきりと示されている。

13) 加藤圭木 『紙に描いた「日の丸」 足下から見る朝鮮支配』 岩波書店 2012年

13) 加藤圭木 『紙に描いた「日の丸」 足下から見る朝鮮支配』 岩波書店 2012年

目次

はじめに 朝鮮民主主義人民共和国のある海辺の町から / 足下から歴史を考える など

第一章 奪われた土地──日露戦争と朝鮮

日露戦争下の土地略奪問題 / 永興湾の軍事基地建設と住民 など  【コラム1】 三・一運動

第二章 紙に描いた「日の丸」──天皇制と朝鮮社会

平壌の街で / 三・一運動後の朝鮮社会と「日の丸」 など  【コラム2】 植民地下の新聞

第三章 水俣から朝鮮へ──植民地下の反公害闘争

チッソの朝鮮進出 / 植民地下のセメント工場の公害事件 / 被害の実態と住民の抗議運動 など  【コラム3】 植民地期朝鮮の地方制度

第四章 忘れられた労働動員──棄民政策と荒廃する農村

労働者の収容難と賃金の低下 / 棄民政策としての「移動紹介事業」 / 朝鮮人労働動員はいつからはじまったか? など  【コラム4】 植民地収奪と朝鮮農民

第五章 空き地だらけの都市──越境する人びと

空き地だらけの「都市」羅津 / 強権的な都市計画法令/ 植民地的に再編される慶興、そして雄基 / 越境する抵抗 / 下からのエネルギーの行方 など

おわりに 「豚殺し」の歌 / 被害を問い直す / 足下からの世界史を目指して など

永興(ヨンフン)湾の日本陸海軍の基地化と日本企業によるカキ漁場の独占、大正天皇の「即位の礼」に日の丸掲揚が強要されたが、平壌での調査によると多くの人が紙に「日の丸」を描いて玄関に掲げてすませ、官憲の反感を買ったこと、興南(フンナム)では水俣の日本窒素肥料が1927年に設立した朝鮮窒素肥料株式会社の工場からの汚染排水によって公害を発生させたことなど、主に朝鮮半島東北部における植民地政策の実態を追究する。

14) 水野直樹 『創氏改名 : 日本の朝鮮支配の中で』 岩波書店 2008年

14) 水野直樹 『創氏改名 : 日本の朝鮮支配の中で』 岩波書店 2008年

目次

序章 何が問題となっているか / 第1章 創氏改名まで  / 第2章 創氏実施と強制の実態 / 第3章 批判・  抵抗と取締り / 第4章 創氏改名における差異化 / 第5章 創氏改名の諸相 / 第6章 創氏改名がのこしたもの

朝鮮人の名前は、本貫、姓、名の三要素で構成されている。本貫とは、ある宗族の始祖の出身地とされる地名のことである。高麗時代以降、現在の韓国にいたるまで戸籍には本貫が記載されている。

1940年2月11日、つまり「皇紀2600年紀元節」に 「創氏改名」に関する戸籍法が施行された。「創氏改名」は、単に名前を日本的なものに変えるということであったのではなく、「由来朝鮮には血族団体の名称として、李とか朴とかいう姓はあるが、日本古来の家の称号たる氏(うじ)というものがない。そうして一家内にあっても夫と妻とが別々の姓を称しているなど、我が国古来の風習と一致しない処がある。そこで半島人をしてこの血族中心主義から脱却して、国家中心の観念を培養し、天皇を中心とする国体の本義に徹せしめる趣旨の下に、今年皇紀二千六百年の紀元節を機として、氏を付けることを許されるようになった」(南次郎朝鮮総督 本書第1章)。

「創氏改名」は朝鮮の家族制度の在り方、さらには社会そのものを変えようとした政策であり、その詳細を見ると同化と差異化という植民地政策をよく表している政策であった。また朝鮮において「創氏改名」が実施された同日、台湾においても改姓名が「国語常用の家庭」であること、「皇国民としての資質涵養に努むるの念厚く且つ公共的精神に富む」者であることという条件で日本風の姓名に改めることを許可された。台湾において姓名を改めた戸数は、1943年の段階で全戸数の2%に過ぎず、朝鮮において創氏は極めて大きな強制力を伴って推進された。

15) 加藤圭木 監修 一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール 編 『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』 大月書店 2021年

15) 加藤圭木 監修 一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール 編 『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』 大月書店 2021年

目次

第1章 わたしをとりまくモヤモヤ

日本って全然寛容で優しい親切な国じゃない?! / コラム 韓国人留学生の戸惑い など

第2章 どうして日韓はもめているの?

なんで韓国は「軍艦島」の世界遺産登録に反対したの? / コラム なぜ竹島は韓国のものだって言うの? など

第3章 日韓関係から問い直すわたしたちの社会

コラム 戦後日本は平和国家? など

第4章 「事実はわかったけれど……」, その先のモヤモヤ

ただのK-POPファンが歴史を学びはじめたわけ など


「あなたは、どんなことにモヤモヤして、この本を手に取ってくださったのでしょうか。最悪の日韓関係? 『慰安婦』問題? ヘイトスピーチ? 日々のニュースで目にする言葉や、歴史で学んだこと、書店の本棚に並ぶ本に、なにか小さくてもチクっとするような違和感を覚えている人もいるのではないでしょうか。もしかしたら、なにから考えていいのか、えたいの知れない複雑さに圧倒されかけているのかもしれません。わたしも、そんなナイーブで世間知らずなひとりでした。」(第1章冒頭より)

「考えているうちに、オーストラリアの歴史学者、テッサ・モーリス=スズキさんが提唱する『連累』という概念にたどり着きました。それは、現代人は過去の過ちを直接犯してはいないから直接的な責任はないけれど、その過ちが生んだ社会に生き、歴史の風化のプロセスには直接関わっている。そのため過去と無関係ではいられないというものでした。そして、日本の侵略・植民地支配や日本軍『慰安婦』制度のような過去の不正義を生んだ『差別と排除の構造』が残っている限り、現代人には歴史を風化させずに、その『差別と排除の構造』を壊していく責任があるというものでした。…そもそも責任はあるのか、ということについてモヤモヤしていた自分にとって、この『連累』は“目から鱗”の概念でした。」(第4章より)

本書は、この二つの引用の間に5人のゼミ学生たちが問いかけながら学び体験した歩みを記す。

加藤圭木監修 朝倉希実加・李相眞・牛木未来・沖田まい・熊野功英編『ひろがる「日韓」のモヤモヤとわたしたち』(大月書店 2023年)


また加藤圭木監修 朝倉希実加・李相眞・牛木未来・沖田まい・熊野功英編『ひろがる「日韓」のモヤモヤとわたしたち』(大月書店 2023年)は、そのゼミ学生5人が大学院生や会社員となり、新たに体験したモヤモヤを出発点として、さまざまな人びとに出会い、多くの場所を訪問しながら、なぜ「日韓」のモヤモヤが生まれてしまうのか、「日韓」という枠組みではとらえきれない朝鮮人や日本人、在日韓国・朝鮮人の歴史とはなにか、また私たちが社会を変えていくためにはどのようなことができるかを考える。