使徒的勧告 『わたしはあなたを愛している』 を読んで ~山谷に暮らす修道士を訪ねて~

聞き手・まとめ : 安藤 勇 SJ
イエズス会社会司牧センタースタッフ

2025年10月4日、レオ14世は、教皇フランシスコが亡くなる1年前に発布した最後の回勅『主はわたしたちを愛された(Dilexit Nos)』に続く最初の使徒的勧告『わたしはあなたを愛している(Dilexi Te)』を公布しました。どちらの公文書も、イエス・キリストの人間的愛と神的愛、そして貧しい人々への愛について述ベています。教皇レオ14世は、敬愛する前任者と同じ願いを抱いていると主張します。すなわち、キリストの愛と、貧しい人をケアするようにという呼びかけとの密接な関係を、すべてのキリスト者が理解するようになることを望んでいるのです。

使徒的勧告『わたしはあなたを愛している』
使徒的勧告『わたしはあなたを愛している』

『わたしはあなたを愛している』において、教皇レオ14世は教皇フランシスコが示した基本的なテーマをさらに深め、真の信仰といつくしみ深い行動との不可分の絆を強調しています。真の弟子であるとは、キリストへの個人的な信心だけでなく、困っている人を助けるための積極的かつ無私の献身によっても証しされると教皇は強調します。この勧告を通して教皇は信者に対して、キリストの愛を実際に体現し、あらゆるコミュニティにおいて連帯と正義を促進するよう呼びかけています。

奇しくも『わたしはあなたを愛している』では、困っている人々への献身の具体的な現代的イメージである、「神の愛の宣教者会」の創立者、コルカタの聖テレサ(マザー・テレサ)について言及されています。2016年に列聖された彼女は、最も貧しい人々、社会から見捨てられた人々のために最大限の慈愛を実践した普遍的な象徴となっています。「神の愛の宣教者会」の創立者である彼女は、インドの路上で死にゆく人々や見捨てられた人々の世話に生涯を捧げました。棄てられた人々を集め、彼らの傷を洗い、死の瞬間まで、祈りの優しさをもって寄り添いました。

最も貧しい人々への彼女の愛は、物質的な必要を満たすだけでなく、福音の良い知らせを宣べ伝えることにも表れていました。「私たちは貧しい人々に、神が彼らを愛しておられ、私たちも彼らを愛していて、私たちにとってかけがえのない存在であり、彼らもまた神の同じ愛の御手によって、愛し愛されるために創造されたのだという福音を伝えたいのです。私たちの貧しい人々は偉大な人々であり、実に愛すべき人々です。彼らは私たちの憐れみや同情を必要としているのではなく、理解ある愛を必要としているのです。彼らは私たちの敬意を必要としており、私たちが彼らを尊厳をもって扱うことを必要としているのです。」

これらすべては、最も貧しい人々への奉仕を祈りと愛の実りとして、真の平和の源としてみなす深い霊性から生まれたものです。ヨハネ・パウロ2世は、彼女の列福式のためにローマを訪れた巡礼者たちにこう諭しました。「マザー・テレサは、他者への奉仕に全身全霊を捧げる力をどこから見出したのでしょうか? 彼女は祈りの中に、そしてイエス・キリスト、その聖なる御顔、その聖なる御心を静かに観想することの中にそれを見出したのです。彼女自身もこう言っています。『沈黙の実りは祈りであり、祈りの実りは信仰であり、信仰の実りは愛であり、愛の実りは奉仕である』と。祈りこそが、心をキリストの平和で満たし、その平和を他者に広げることを可能にしたのです。テレサは自身を慈善家や活動家ではなく、十字架に付けられたキリストの花嫁として、苦しむ兄弟姉妹に完全な愛をもって仕える者と考えていました。」

山谷地区の修道士(ブラザー)たちへのインタビュー

神の愛の宣教者会の修道士たち
神の愛の宣教者会の修道士たち

私は長年足立区に住んでいたので、山谷にも何度か訪れたことがあります。数千人の臨時日雇い労働者が暮らしていたこの街は、1960年代初頭、日本が初めての東京オリンピックの開催を決定した際に有名になりました。東京の各地でオリンピック関連施設を建設するため、山谷は日雇い労働者にとって最大の市場になりました。しかし今では、状況は大きく変化しています。

私は山谷にある「神の愛の宣教者会」に連絡を取り、院長であるブラザー・マカリオと3人のブラザーにインタビューするため、彼らの自宅を訪れました。簡素な家で、55人が収容できる大きな部屋がありました。

――あなた方の会は、マザー・テレサによって設立され、社会から見捨てられた人々を支援することを使命としていますね。この会はいつから日本に来たのですか? また、なぜ山谷に住み、働くことを選んだのですか?

私たちはこの世界、特に貧しい人々のうちに存在する神とイエスを愛するために遣わされた、カトリック宣教会の小さな共同体です。マダガスカル、インド、韓国出身の4人のメンバーが、ここ山谷に住んでいます。

山谷は労働者の街です。ここにいる労働者のほとんどは定職に就いていません。彼らは日雇い労働者で、失業している場合も多いです。ホームレスになっている人も多くいます。様々な地域からやってきており、家庭問題や借金の債務などのためにここに留まっています。彼らの居場所、個人的な問題、そして名前さえも、誰にも知られていません。仕事もなく、路上生活を送っているので、アルコール依存症は山谷の街ではありふれた光景になっています。

――この家は賃貸ですか? 普段はどんなことをしていますか?

ブラザーたちは1978年からここに住んでいます。当時の家はとても古く、隣には暴力団がいたので、抗争が起きて警察が来ることもありました。安全だと感じることはまったくありませんでした。ある日、火事が発生しました。あるアメリカ人女性が、今住んでいるこの家の建築を手伝ってくださいました。私は彼女に、55人ほどが収容できる広い部屋を見せました。

私たちは週に数回、山谷の住民のために食事を用意し、彼らの抱えている問題に耳を傾けます。週に2回ミサを行い、無料の宗教的支援を提供しています。路上や近くの公園で人々と交流し、彼らが必要としているもの、例えば食料や衣料やシェルター、そして可能であれば仕事などを探します。病気の時には、診療所や病院を探します。また、できる限りの公共サービスにも繋げています。山谷に留まる人々は孤独で、家族と離れ離れになっています。山谷では男性ばかりを見かけます。

――ここで暮らし、働くあなた方にとって、『わたしはあなたを愛している』のメッセージにはどんな意味があると思いますか? 感想を教えてください。それはあなた方自身やここでの働きにどれほどの影響を与えているでしょうか?

私たちの修道会の精神と使命は、貧しい人々の中に留まり、できる限り彼らを助け、彼らの声に耳を傾け、問題解決を支援し、共同体意識を育むことです。山谷では多くの人が孤独に悩み、疎外感を感じています。私たちは彼らと共に留まり、支えるためにここに来ました。その意味で、私たちの活動にとって、『わたしはあなたを愛している(DT)』の次のような箇所がとても有益でした。

権力も偉大さももたない人々と触れ合うことは、歴史の主との根本的な出会い方なのです。主は貧しい人々の中で、今も何かを私たちに語りかけ続けています。(DT 5)

貧しい人々の傷ついた顔には、罪のない人々の苦しみが、それゆえ、キリストの苦しみそのものが刻み込まれています。…貧しい人々のための、そして、貧困の社会的・構造的な原因を取り除くための取り組みは、最近の数十年間で重要性を増しているとはいえ、依然として不十分なままだといえます。(DT 9-10)

貧しい人々は、偶然や理解不能な厳しい運命によって存在するのではありません。まして、大多数の人にとって、貧困は選択によるものでもありません。…もちろん、貧しい人の中には働こうとしない人もいます。それは、おそらく彼らの先祖が、一生働いても貧困のうちに死んだからだと思われます。しかし、多くの人――男女を問わず――は、段ボールを収集したり、同様の仕事を行いつつ、朝から晩まで働いています。そうした労苦が、生存に役立つにすぎず、真の意味で生活をよくすることはないと知りながら。(DT 14)

そこから次のことが明らかになります。「自らが貧しい者となり、貧しい人々や除け者にされた人々につねに寄り添ったキリストへの信仰から、社会においてほとんど見捨てられている人々の全人的発展への気掛かりが生まれます」。(DT 23)

キリスト者の信仰にとって貧しい人々を教育することは、好意ですることではなく義務です。…キリスト教的教育は、専門家を養成するだけでなはなく、善と美と真理に開かれた人間を養成することです。(DT 72)

労働に関する教えは、貧しい人々が教会と社会の刷新において積極的な役割を果たすことを考えるうえで重要になります。(DT 87)

私たちは貧困の構造的原因を解決するためにますます努力しなければなりません。(DT 94)

たとえ「愚か」に思われようとも、貧しい人々がこうした構造的問題に目覚め、それを非難して上げる声に、さまざまなしかたで耳を傾けることは、神の民の成員すべての務めです。(DT 97)

神と隣人への愛の強さ、正義と平和に向けての熱意、貧しい人々と貧しさの福音的感覚は、すべての人に、そしてとくに司牧者と責任ある地位にいる人々に要求されています。(DT 98)

キリスト者は、貧しい人々を社会問題としてのみ考えることはできません。それは「家族の問題」です。彼らは「私たちの仲間」なのです。…我々は、貧しい人々のために時間をささげ、彼らに愛に満ちた関心を示し、心から耳を傾け、困難な時に彼らに同伴し、自分の人生の何時間、何週間、何年間でも彼らと共有することを選び、彼らから出発して、彼らの状況を変えることを追求するように求められています。我々は、イエスご自身が、その行動様式とことばをもって示したことを忘れてはならないのです。(DT 104)

凍えるような夜に外で寝ている人を見掛けた時に、その人を迷惑、怠け者、通行のじゃま、良心を困らせる目障りなもの、政治家が解決すべき問題、そしてひょっとすると公共の場を汚すごみとさえ見てしまう可能性はあります。あるいは、信仰と愛で接し、この人も自分と同じ尊厳をもつ人間だ、御父から無限に愛された被造物、神の似姿、イエス・キリストによってあがなわれた兄弟姉妹なのだと認めることもできます。(DT 106)

教会の心は、その本性上、貧しい人々、除け者にされた人々、疎外された人々、社会から「見捨てられた」人々と連帯します。貧しい人々は教会の中心そのものです。なぜなら、自らが貧しい者となり、貧しい人々や除け者にされた人々につねに寄り添ったキリストへの信仰から、社会においてほとんど見捨てられている人々の全人的発展への気掛かりが生まれるからです。(DT 111)

私たちは、正義のための支援や必要な取り組みについてのみ語っているのではありません。信者は、貧しい人々に対するもう一つの矛盾した形態のことを考慮しなければなりません。実際、貧しい人が苦しんでいるもっともひどい差別とは、霊的配慮の欠如なのです。(DT 114)

貧しい人々のためのもっとも重要な支援は、彼らが適切な仕事を見いだせるように助けることです。それは、彼らが自分の能力を伸ばし、個人として努力することにより、自らの尊厳によりふさわしい生活を送れるようになるためです。(DT 115)

ブラザー・マカリオと友人たちは、まるで教皇が話しかけているように熱心に見守っていました。『わたしはあなたを愛している』は、彼らが山谷で貧しい人々のために働くという献身的な決意の証しでした。彼らは、「日本語でコミュニケーションが取れないこと」を残念に思っていると話してくれました。一方で、多くの日本人ボランティアが食料や衣料の配付、病人の介護などのために現地を訪れています。

私は、まるで東京の郊外にあるナザレのイエスの家を訪れているような気持ちになりました。

世界遺産登録を経て抑圧された歴史の蓋が開く~佐渡金銀山を通じて告げられていること~

荒井 眞理
日本キリスト教団佐渡教会牧師/佐渡市議会議員

奴隷制の匂いに敏感になる

長きにわたり人類は支配者の利益を確実にするために、古今東西で形を変えた奴隷制を展開している。社会的立場の弱い人々、差別されやすい人々を何かの理由で縛り、自由のない人生に追いやり、不当な労務を提供させ続ける。私たちは、その奴隷制の匂いがする制度に、自分の目の前にいる人がひょっとしたらはめられていないかと、敏感に気づける者となるよう神から求められている。

私の住む日本海最大の離島である佐渡島(さどがしま)には鉱山が40程あったと言われる。すでに掘りつくされているが、人間以外の動力がなかった時代には、それら全ての鉱山は重労働に加え、危険な労務や肺病、重金属中毒などが付き物であった。そのような嫌われる現場に労務者を集めるのも一苦労で、佐渡の鉱山では、貧しい人、差別された人や犯罪人、または騙して連れてくることの繰り返しであった。

江戸時代、ある坑道は14年間掘ったあげく鉱脈に到達した。山師は時にそのような賭けをして鉱脈を探し当てることに大成功した。山師たちは大いに達成感を味わったことだろう。それにしてもこの冒険のような奇跡的な鉱脈探しに一体どうやって人夫を集め続け、労賃を払い続けたのだろうか。

胸に手を当てて想い返す自分

私は牧師をしているが、別居する夫も牧師である。私が日曜礼拝を留守にしなければならない時、夫が代わりに礼拝の任を負ってくれることになると、他の牧師に依頼するより安堵するものがある。寝泊まりするところ、食事をとってもらうところの心配が要らない。この心理と同じように、関係性の中で頼みやすい人、頼みやすい条件が整うほどに甘えの気持ちが大きくなる。

人はそのような日常の中で起きている甘えの気持ちをわが身にどれだけ気づいているだろうか。それどころか、直面する事態が深刻になるほど、多くの人を巻き込み、相手が犠牲を払ってくれていることに、うっかりすると感謝したり配慮したりする余裕もなく一方的にお願いをし続けてしまうことはないか。頼みやすい人、断らない人、立場の弱い人との関係は固定化されていきやすい。これが奴隷制を許すことに繋がってゆく。

神は私たち人間に、神から与えられる愛を通して尊厳ある者であることを認め合い、心を柔らかくして痛みに共感することを求めている。それが分かれば誰もがいつも胸に手を当てて自分のしていることを落ち着いて想い返し、誰かの人生を搾取し、奴隷にし、誰かが犠牲になる悲劇は無くなるだろう。

誰が語る「佐渡島の金山」の世界遺産

佐渡の3か所に渡る金山、銀山の世界文化遺産登録は、登録運動の始まりから30年近くかかって2024年7月に実現した。この間、地元自治体である新潟県は佐渡市と協力して文化庁に推薦書原案を何度となく提出しては戻されてきた。最後の推薦書に至ってはとうとう朝鮮人労働者の歴史が含まれる佐渡金銀山の近代の目覚ましい発展の時代を除外し、江戸時代までの伝統的な手工業に特化するという不自然な枠に留め、ユネスコに送られていた。

しかし、地元住民には推薦書の中身は知らされない決まりがある。長年世界遺産になることを希望して盛り上げてきた金山の近代遺跡がまさかこの手続きによって推薦書から全て外されたとは、登録決定に至った時ですら、ほとんどの人が知らなかった。

その後もしばらくは観光案内所でも近代遺跡を世界遺産の一部として紹介していた。私が現実を知らせてショックを受けた方は大勢いた。他にも多くの地元民が空虚さに直面させられただろう。

歴史の全体像を語るべし

日本政府が佐渡の金銀山の推薦書についてこのような不自然な工作をした背景には、ユネスコ世界文化遺産とは、遺産にかかる「歴史の全体像を語る」ことが求められるからである。しかし、日本政府にはこの人類の平和と幸福を追求するために「歴史の全体像を語る」という強い要請を理解し賛同する意思がなかった。なぜなら、強制連行や強制労働の事実を明らかにし、朝鮮人労働者の歴史を語らなければならなくなるからだ。

けれども、世界が一つになってあらゆる悲劇の連鎖を許さないという姿勢を人類共通の価値として確かなものにするためにも、佐渡も世界遺産にかかる歴史の全体像を語ることをユネスコの世界遺産委員会から永遠に求め続けられるはずだ。

韓国国会議員が世界遺産登録の姿勢を問い行動 2023年 北沢浮遊選鉱場前
韓国国会議員が世界遺産登録の姿勢を問い行動 2023年 北沢浮遊選鉱場前

都合の悪い歴史を排除する

日本政府が遺産の対象を限定する手段に出た理由は、先に触れたように都合の悪い歴史があったからだ。すなわち植民地支配下にあった朝鮮人労働者の強制連行、強制労働問題である。相川金山は、戦前から戦中にかけて労働者の不足を補うため、植民地朝鮮半島から若手の男子に目を付け、行き先を知らせず、断ることも許さずに連行した。労務に伴う不利益は説明せず、断る選択肢も与えず、契約を守らず、日本語が話せない人などを差別し、暴力で支配した。海を渡って逃亡を試みる朝鮮人も多かった。敗戦後は厚生年金の説明もせず、鉱山特有の珪肺病すら知らせないまますぐに朝鮮半島に返していた。

故郷に帰った後、肺病で健康を損ね、短命だった方は大勢おられたが、医療費も何も保障されていなかったため、家族は更に苦労と悲しみと貧しさを背負うこととなった。これらの事実は市民運動で得られた貴重な証言から分かったことで、佐渡市や新潟県にも知ってもらいたいが、心も目も閉じたままである。

掘り起こすべき歴史はたくさんある

朝鮮人労働者の寮の史跡を掘出し、追悼する訪問者
朝鮮人労働者の寮の史跡を掘出し、追悼する訪問者

1990年代に佐渡と新潟の市民運動「過去―未来 佐渡と朝鮮をつなぐ会」が先に記した事実を調査しに韓国に行き、当事者らと会って貴重な話を聴き収録した。これこそが真の遺産ではないかと思う。韓国の団体も引き続き聞き取り調査を進めている。こうして集められている資料と共に遺族の生の思いと涙が今も生きていることが、周囲の情熱にもなる。

他にも金山の400年の歴史には、沈められた労務者の歴史がある。17世紀初めには多くのキリシタンが日本のあちこちの鉱山で働いたとされる。相川金山にもキリシタンが数百名はいたと推測されるが、百名以上が処刑された。迫害された一部のキリシタンは金山から離れた島内で生活していたらしく、キリシタン遺物が散見される。

18世紀後半から100年近くの間、江戸や大都会の無宿人は、金山に2000人程送られ、条件の厳しい労務に充てられ、肺病のため短命の人生だった。

更に男性労務者の下支えに置かれたのが、350年続いた遊廓の遊女たちだ。子どもの時に売られ、借金から解放されない性奴隷だった。

知り得た真実を伝え続ける

今になって歴史が蓋を開けて待っている気がしている。これは世界遺産となったことで世界に対して責任をもって歴史の全体像を掘り起こし、語ることの重要性に携わらせてもらう機会ができた、という果実である。

後世に残すため自ら筆を持つことのなかった人々の人生の物語は、当事者に会って直接話を聴いたり映像に残させていただくことになる。それがかなわない時代の人々については、残されている古文書にわずかでも触れられている文面や絵馬、写真などをつなぎ合わせて推測する作業、また、関係する遺跡や遺物から当時の実態を推測することも重要だ。それらの貴重な資料を集め、整理、研究した上で、世界中の多くの人々に広く知っていただけるものとするには、どうすればよいだろうか。活動の他に行く行くは民間で運営する施設ができれば、積極的な啓発活動と同時に小さくされた人々の追悼の意味も持つこととなるのではないかとの予感がする。この予感の先に旅はまだ続く。

インドのトリプラ州での活動報告

岡田 幸人 SJ
イエズス会神学生

私は、2024年6月からインド北東部のトリプラ州のジャンプイジャラで、イエズス会ケララ管区が運営する、St. Mary High Schoolの教員と学校付属の寮監として中間期を過ごしています。2年の中間期を終えようとしている中で、これまでの活動を振り返っていきます。

1. トリプラ州について

共同体のメンバーと
共同体のメンバーと

トリプラ州の人口は約410万人、宗教分布は、ヒンドゥー教が86%、イスラム教が8%、キリスト教が4.3%で、14の部族が存在し、それぞれが違う言語と文化を持っています。農業やゴムの木の樹脂採集と加工、畜産(鶏、山羊、豚)、漁業(川魚)などの第一次産業の家庭が多く、学校の近くの市場では――木曜日と日曜日には道端でも――自分の畑で採れた野菜や果物を売りに来る人たちで賑わいます。

2. 私の業務内容

授業風景
授業風景

学校は8時から14時までで、私は主に小学3年生~5年生に算数、中学1年生に理科を教えています。時折、特別授業として日本語を教えることもあります。

学校が終わった後は、学校の敷地内にある男子寮の寮監として働きます。女子寮はSCV(Sisters of Charity of St. Vincent de Paul)のシスターが運営しています。男子寮には、現在、小学1年生から高校1年生まで合わせて約90人が寮にいます。私が所属している共同体には、私とケララ管区から派遣された2人の司祭がいて、私たち3人と他2人の寮監、子どもたちと私たちの食事を作ってくれる、近所に住んでいる女性2人で、男子寮を運営しています。

また、教員と寮監の仕事以外に、日曜日には共同体の神父様が近くの村でミサをささげることに同行します。

3. 活動を通して感じたこと

① 教えることの難しさ

最初、「子どもたちに算数を教えてほしい」と言われた時は、正直不安でした。インドの算数のレベルは、「二けたの九九を暗記するのは当たり前」というほど高いと聞いていたからです。しかし実際は、子どもたちの半数以上が家族の中で初めて学校に行く、「勉学第一世代」であったため、基礎から教える必要がありました。特に割り算と分数を教えることに苦労し、理科の授業では、十分な実験器具がない状況で、いかに理科の楽しさを知ってもらえるか試行錯誤しました。

しかし、どんなに試行錯誤して教えても、「勉学第一世代」の子どもたちなので、なかなか勉強に身が入らない子たちが多く、そのことを彼らの両親に相談しても「だから何? 勉強ができないなら、畑作業を手伝ってもらうだけ」とあまり真剣に捉えてくれないことが多々あります。そのような時は、「彼らの今までの生活を壊してまで勉強させる必要があるのか?」と疑問を感じてしまいますが、「世の中が目まぐるしく動いている中で、今の生活を続けていると、取り残されるよりも寧ろ、彼らの居場所を外から無慈悲に奪われてしまう恐れがある。その自助のために教育が必要」というイエズス会司祭の言葉を胸に、自分を鼓舞しています。

また、両親が離婚したり、父親がアルコール依存症などで家庭崩壊したりして、育児放棄されている子どももいます。彼らは学校に行かなければ、ただブラブラして時間を浪費するだけなので、彼らの今の生活を少しでも良くするために、彼らに寄り添うことも大事だと感じています。

彼らが勉強に身が入らない大きな理由は、勉強する意味と将来の展望がつながっていないことにあります。ある日、生徒に「将来の夢」を書くように頼んだところ、ほとんどの男子生徒が「軍隊に入りたい」と書き、衝撃を受けました。このことを共同体の神父様に分かち合ったところ、「彼らにとっては、その選択肢しか知らない」と教えてくれました。彼らに勉強を通してどのような道が拓けるか、できるだけ示してあげることで、やる気を引き出すだけでなく、大きな夢を持てるようになってもらいたいです。

② 部族間の対立

私たちの男子寮には約90人が一緒に暮らしているので、様々な問題が起きますが、中でも深刻なのが「部族間の対立」です。

私たちの寮には8部族の子どもがいます。似た言語と文化を持つ部族同士は仲が良いのですが、多数派の部族と少数派の部族との間で、個人的に嫌いな子がいる時に「あいつは〇〇の部族だから」と嫌いな理由に部族への偏見を上乗せしてしまい、血気盛んな子どもたちなので、時々喧嘩が生じてしまいます。キリスト教だけでなく、ヒンドゥー教の子どもたちもいるなかで、それぞれの部族や国籍、人種を超えた「主イエス・キリストの名による一致」の難しさを改めて感じるとともに、そこにしか解決の道はないと考えているので、その道を主が照らしてくださるよう、祈りながら模索しています。

③ 聖書の言葉が生きていることの実感

ある日曜日に、共同体の神父様がミサをささげるのに同行した際、その村には教会がなく、信徒の家に集まってミサが執り行われました。教会がなくても村人たちが熱心に祈り、神父様の説教に耳を傾ける姿を見て、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)という主の言葉が生きている体験をすることができました。

また、他のある村では、洗礼を受けたがカテキズムが十分でなく、カトリックの信仰が深く根づいていない人もいました。それでも、共同祈願や分かち合いの時に、涙を流しながら神様に必死に祈っている姿を見て、私たちを救うために来られた主イエス・キリストの存在を彼らが深く知り、主から慰めを受ける手助けをしたいと強く思いました。

 

4. 結論

学校と寮での子どもたちとの交流を通して、理解してもらえるように教え、子どもたちに寄り添いながら将来の道を共に探ることは、いかに福音の喜びを伝え、知ってもらうかに活かせると思い、教えることの難しさを感じながらも、自分自身の成長につながる大きな恵みをいただいております。

また、日曜日のミサのために、近くに住んでいる村に同行した際、信徒たちが必死に祈る姿を見て、彼らが主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいることを深く感じ、救いを求めている人々のために奉仕したいと強く思うようになりました。

近くの村でのミサ
近くの村でのミサ

最後に、主がトリプラ州でのミッションをこれからも祝福してくださいますよう、お祈りをお願いいたします。

日本の近現代史を学ぶ書籍紹介シリーズ 【7】アジア・太平洋戦争

編集部

今回の主題はアジア・太平洋戦争であり、今までと同様、三好千春さんの指南を受けて本の紹介を行う。アジア・太平洋戦争の定義については、1941年12月8日マレー半島コタバルへの上陸、またその約1時間後の真珠湾攻撃に始まり、ポツダム宣言受諾を経て、降伏文書調印までの、主にアジアと太平洋において日本が起こした戦争とする。

1) 吉田 裕 『アジア・太平洋戦争』 シリーズ日本近現代史 ⑥ 岩波新書 2007年

吉田 裕 『アジア・太平洋戦争』 シリーズ日本近現代史 ⑥ 岩波新書 2007年
吉田 裕 『アジア・太平洋戦争』 シリーズ日本近現代史 ⑥ 岩波新書 2007年

目次

第1章   開戦への道 
1 三国同盟から対米英開戦へ / 2 戦争の性格 / 3 なぜ開戦を回避できなかったのか
第2章   初期作戦の成功と東条内閣 
1 日本軍の軍事的勝利 / 2 「東条独裁」の成立
第3章   戦局の転換 
1 連合軍による反攻の開始 / 2 兵力動員をめぐる諸矛盾 / 3 「大東亜共栄圏」の現実 / 4 国民生活の実状
第4章   総力戦の遂行と日本社会 
1 マリアナ諸島の失陥と東条内閣 / 2 戦時下の社会変容
第5章   敗戦 
1 戦場と兵士 / 2 本土空襲の本格化と国民 / 3 戦争の終結へ

今日もまだ「戦後」という言葉は死語となっていない。その理由として、アジア・太平洋戦争の敗戦後、日本が国際的な戦争に直接加担していないということが挙げられる。しかしそれだけではなく、アジア・太平洋戦争の戦争責任にさまざまなレベルでの日本が正面から向き合ってこなかったこと、また国際的には日本軍「慰安婦」や強制連行、南京事件などの多くの虐殺に対する謝罪と補償など、国内的には治安維持法で弾圧された人々や、空襲・原爆の被害を受けた人々への謝罪と補償などがなおざりにされていることが挙げられる。この観点からアジア・太平洋戦争を描く。

2) 吉田 裕 『日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実』 中公新書 2017年

吉田 裕 『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』 中公新書 2017年
吉田 裕 『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』 中公新書 2017年

目次

序章 アジア・太平洋戦争の長期化
第1章 死にゆく兵士たち―絶望的抗戦期の実態Ⅰ 
1 膨大な戦病死と餓死 / 2 戦局悪化のなかの海没死と特攻 / 3 自殺と戦場での「処置」
第2章 身体から見た戦争― 絶望的抗戦期の実態Ⅱ 
1 兵士の体格・体力の低下 / 2 遅れる軍の対応 ― 栄養不良と排除 / 3 病む兵士の心 ― 恐怖・疲労・罪悪感 / 4 被服・装備の劣悪化
第3章 無残な死、その歴史的背景 
1 異質な軍事思想 / 2 日本軍の根本的欠陥 / 3 後発の近代国家  資本主義の後進性
終章 深く刻まれた「戦争の傷跡」

3) 吉田 裕 『続・日本軍兵士――帝国陸海軍の現実』 中公新書 2025年

吉田 裕 『続・日本軍兵士――帝国陸海軍の現実』 中公新書 2025年
吉田 裕 『続・日本軍兵士――帝国陸海軍の現実』 中公新書 2025年

目次

序章 近代日本の戦死者と戦病死者 ― 日清戦争からアジア・太平洋戦争まで(疾病との戦いだった日清戦争 / 戦病死者が激減した日露戦争 など)
第1章 明治から満州事変まで ― 兵士たちの「食」と体格 1 徴兵制の導入 ― 忌避者と現役徴集率 / 2 優良な体格と脚気問題 ― 明治・大正期 / 3 「梅干主義」の克服、パン食の採用へ / 4 給養改革の限界 ― 低タンパク質、過剰炭水化物
第2章 日中全面戦争下 ― 拡大する兵力動員 1 疲労困憊の前線 ― 長距離行軍と睡眠の欠乏 / 2 増大する中年兵士、障害を持つ兵士 / 3 統制経済へ ― 体格の劣化、軍服の粗悪化 / 4 日独伊三国同盟締結と対米じり貧
第3章 アジア・太平洋戦争末期 ― 飢える前線 1 根こそぎ動員へ ― 植民地兵、防衛召集、障害者 / 2 伝染病と「詐病」の蔓延 / 3 離島守備隊の惨状 / 4 かけ声ばかりの本土決戦準備 ― 日米の体格差
第4章 人間軽視 ― 日本軍の構造的問題 1 機械化の立ち遅れ ― 軍馬と代用燃料車 / 2 劣悪な装備と過重負担 ― 体重40%超の装備と装具 / 3 海軍先進性の幻想 ― 造船技術と居住性軽視 / 4 犠牲の不平等 ― 兵士ほど死亡率が高いのか
おわりに (日中全面戦争下、野放図な軍拡 / 追いつかなかった軍備の充実 など)

「日本軍兵士」を主題とするこの2冊は、日中戦争、アジア・太平洋戦争における死者の大半が戦闘による死ではなく、病気による死である現実を描く。また、数多くの船舶沈没による死もアジア・太平洋戦争の一つの特徴である。2冊はその現実を示し、その構造的原因を追究している。

4) 吉田 裕、森 茂樹 『アジア・太平洋戦争』 戦争の日本史23 吉川弘文館 2007年

吉田 裕、森 茂樹 『アジア・太平洋戦争』 戦争の日本史23 吉川弘文館 2007年
吉田 裕、森 茂樹 『アジア・太平洋戦争』 戦争の日本史23 吉川弘文館 2007年

目次

プロローグ 日本人の戦争認識
Ⅰ アジア・太平洋戦争の開幕 (1 アジア・太平洋戦争を俯瞰する / 2 開戦決定と日本の戦争指導体制 / 3 交渉打ち切りと開戦にともなう混乱)
Ⅱ 日本軍の特質 (1 開戦時の日本の戦力 / 2 陸軍の作戦思想 / 3 海軍の作戦思想 / 4 軍事官僚機構の特質)
Ⅲ 緒戦の勝利と蹉跌 (1 南方作戦 / 2 海軍の対米作戦 / 3 米豪遮断とミッドウェー攻略作戦)
Ⅳ 戦局の転換 (1 連合軍の反攻とガダルカナル島をめぐる攻防 / 2 ニューギニアの戦闘と国力の消耗 / 3 戦争指導体制の問題点)
Ⅴ アジアの戦線と「大東亜共栄圏」 (1 日本にとってのアジア / 2 中国の戦線)
Ⅵ 銃後の諸相
Ⅶ 絶対国防圏の崩壊から絶望的抗戦へ (1 絶対国防圏の崩壊 / 2 戦場における死)
Ⅷ 降伏とその後 (1 降伏への道 / 2 ポツダム宣言の受諾から復員まで)
エピローグ 「記憶」の時代へ

最初に挙げた岩波新書の『アジア・太平洋戦争』と共に2007年の出版であり、最新の研究や新たな資料に基づいていないが、戦争責任を問いかける視点から戦争全体を分かりやすくまとめている。

5) 筒井清忠 編 『昭和史講義ー最新研究で見る戦争への道』 ちくま新書 2015年

筒井清忠 編 『昭和史講義――最新研究で見る戦争への道』 ちくま新書 2015
筒井清忠 編 『昭和史講義――最新研究で見る戦争への道』 ちくま新書 2015

目次

第1講 ワシントン条約体制と幣原外交
第2講 普通選挙法成立と大衆デモクラシーの開始
第3講 北伐から張作霖爆殺事件へ 
第4講 ロンドン海軍軍縮条約と宮中・政党・海軍
第5講 満州事変から国際連盟脱退へ
第6講 天皇機関説事件
第7講 二・二六事件と昭和超国家主義運動
第8講 盧溝橋事件―塘沽停戦協定からトラウトマン工作失敗まで
第9講 日中戦争の泥沼化と東亜新秩序声明
第10講 ノモンハン事件・日ソ中立条約
第11講 日独伊三国同盟への道
第12講 近衛新体制と革新官僚
第13講 日米交渉から開戦へ
第14講 「聖断」と「終戦」の政治過程第15講 日本占領―アメリカの対日政策の国際的背景

6) 筒井清忠 編 『昭和史講義2ー専門研究者が見る戦争への道』 ちくま新書 2016年

筒井清忠 編 『昭和史講義2――専門研究者が見る戦争への道』 ちくま新書 2016年
筒井清忠 編 『昭和史講義2――専門研究者が見る戦争への道』 ちくま新書 2016年

目次

第1講 軍縮と軍人の社会的地位
第2講 治安維持法―国際的比較の視点から
第3講 中ソ戦争と日本
第4講 世界恐慌下の日本
第5講 血盟団事件と五・一五事件
第6講 満州事変後の政局と政党政治の終焉
第7講 帝人事件から国体明徴声明まで
第8講 厚生省設置と人口政策
第9講 日中戦争における和平工作―日本側から見た
第10講 日中戦争における和平工作―中国側から見た 
第11講 天津租界事件から日米通商航海条約廃棄通告へ 
第12講 天皇指名制陸相の登場―昭和一四年における天皇・陸軍・新聞 
第13講 南部仏印進駐と関東軍特種演習―太平洋戦争への岐路 
第14講 日米開戦と海軍 
第15講 ゾルゲ事件
第16講 大東亜会議の意味
第17講 大西洋憲章からポツダム宣言まで
第18講 原爆投下とソ連参戦
第19講 終戦から占領改革へ 
第20講 昭和期における平準化の進展―戦前・戦中・戦後

7) 筒井清忠 編 『昭和史講義3ーリーダーを通して見る戦争への道』 ちくま新書 2017年

筒井清忠 編 『昭和史講義3――リーダーを通して見る戦争への道』 ちくま新書 2017年
筒井清忠 編 『昭和史講義3――リーダーを通して見る戦争への道』 ちくま新書 2017年

目次

第1講 加藤高明―二大政党政治の扉
第2講 若槻礼次郎―世論を説得しようとした政治家の悲劇
第3講 田中義一―政党内閣期の軍人宰相
第4講 幣原喜重郎―戦前期日本の国際協調外交の象徴
第5講 浜口雄幸―調整型指導者と立憲民政党
第6講 犬養毅―野党指導者の奇遇
第7講 岡田啓介―「国を思う狸」の功罪
第8講 広田弘毅―「協和外交」の破綻から日中戦争へ
第9講 宇垣一成―「大正デモクラシー」が生んだ軍人
第10講 近衛文麿―アメリカという「幻」に賭けた政治家
第11講 米内光政―天皇の絶対的な信頼を得た海軍軍人
第12講 松岡洋右―ポピュリストの誤算
第13講 東条英機―ヴィジョンなき戦争指導者
第14講 鈴木貫太郎―選択としての「聖断」
第15講 重光葵―対中外交の可能性とその限界

8) 筒井清忠 編 『昭和史講義【軍人篇】』 ちくま新書 2018年

筒井清忠 編 『昭和史講義【軍人篇】』 ちくま新書 2018年
筒井清忠 編 『昭和史講義【軍人篇】』 ちくま新書 2018年

目次

昭和陸軍の派閥抗争―まえがきに代えて
第1講 東条英機―昭和の悲劇の体現者 
第2講 梅津美治郎―「後始末」に尽力した陸軍大将
第3講 阿南惟幾―「徳義即戦力」を貫いた武将 
第4講 鈴木貞一―背広を着た軍人 
第5講 武藤章―「政治的軍人」の実像 
第6講 石原莞爾―悲劇の鬼才か、鬼才による悲劇か 
第7講 牟田口廉也―信念と狂信の間 
第8講 今村均―「ラバウルの名将」から見る日本陸軍の悲劇 
第9講 山本五十六―その避戦構想と挫折 
第10講 米内光政―終末点のない戦争指導 
第11講 永野修身―海軍「主流派」の選択 
第12講 高木惣吉―昭和期海軍の語り部 
第13講 石川信吾―「日本海軍最強硬論者」の実像 
第14講 堀悌吉―海軍軍縮派の悲劇

9) 筒井清忠 編著 『昭和史研究の最前線ー大衆・軍部・マスコミ、戦争への道』 朝日新書 2022年

筒井清忠 編著 『昭和史研究の最前線――大衆・軍部・マスコミ、戦争への道』 朝日新書 2022年
筒井清忠 編著 『昭和史研究の最前線――大衆・軍部・マスコミ、戦争への道』 朝日新書 2022年

目次

第1章 「軍縮期」の軍人と世論―軍国主義台頭の背景
第2章 普通選挙と政党政治―疑獄・乱闘・「党弊」
第3章 無産政党の台頭と挫折
第4章 ロンドン条約・統帥権干犯問題 
第5章 満州事変 
第6章 血盟団事件、五・一五事件―公判と世論 
第7章 国際連盟脱退
第8章 帝人事件
第9章 二・二六事件
第10章 日中戦争―勃発と拡大
第11章 三国同盟・ヒトラーと日本世論
第12章 近衛新体制と大政翼賛会
第13章 日中戦争をめぐる反英米論の展開
第14章 日米交渉と開戦

 

筒井清忠が編集した5冊の本である。それぞれの項目で新たな研究を展開している。各本の各項目の執筆者が異なるので、見解の相違も見られるのが参考になる。

10) 藤原 彰 『餓死した英霊たち』 ちくま学芸文庫 2018年 (同題で2001年に青木書店から刊行)

藤原 彰 『餓死した英霊たち』 ちくま学芸文庫 2018年 (同題で2001年に青木書店から刊行)
藤原 彰 『餓死した英霊たち』 ちくま学芸文庫 2018年 (同題で2001年に青木書店から刊行)

目次

第1章 餓死の実態
1 ガダルカナル島の戦い / 3 ニューギニアの第十八軍 / 4 インパール作戦 / 6 フィリピン戦での大量餓死 / 7 中国戦線の栄養失調症 / 8 戦没軍人の死因 など
第2章 何が大量餓死をもたらしたのか
1 補給無視の作戦計画 / 2 兵站軽視の作戦指導 / 3 作戦参謀の独善横暴
第3章 日本軍隊の特質
1 精神主義への過信 / 2 兵士の人権 / 3 兵站部門の軽視 / 4 幹部教育の偏向 / 5 降伏の禁止と玉砕の強制

著者は、1941年に陸軍士官学校を卒業し、見習士官として華北に派遣され、1944年には第27師団支那駐屯歩兵第3連隊の中隊長として大陸打通作戦に参戦するなど中国大陸を転戦した。1945年3月に内地への転勤を命じられ、本土決戦師団のひとつである第216師団の歩兵第524連隊第三大隊長に任ぜられ熊本で敗戦を迎えた。著者自身の経験から、日本陸海軍内部の根本的な悪の問題を問いかけている。

11) 山崎雅弘 『太平洋戦争秘史 周辺国・植民地から見た「日本の戦争」』 朝日新書 2022年

山崎雅弘 『太平洋戦争秘史 周辺国・植民地から見た「日本の戦争」』 朝日新書 2022年
山崎雅弘 『太平洋戦争秘史 周辺国・植民地から見た「日本の戦争」』 朝日新書 2022年

目次

序章 太平洋戦争への道
——大日本帝国はいかにして戦争へと進んだのか
第一章 インドシナ(フランス領・仏印)
——日本軍と協力したフランス植民地当局
第二章 マラヤ・シンガポール(イギリス領)
——日本軍の電撃的占領と中国系市民の虐殺
第三章 香港(イギリス領・租借地)
——開戦初日に日本軍が軍事侵攻した「東洋の真珠」
第四章 フィリピン(アメリカ領)
——アメリカに独立を約束されていた国での戦い
第五章 東インド(オランダ領・蘭印)
——日本の戦争目的であった石油産出地インドネシア
第六章 タイ
——外交力で戦乱を乗り切った東南アジア唯一の独立国
第七章 ビルマ(イギリス領)
——日本軍を信頼し、裏切られたアウンサンと民族派
第八章 インド(イギリス領)
——連合軍・枢軸軍のインド兵部隊と独立運動
第九章 モンゴル
——ソ連と日本、中国の狭間で翻弄された「蒙古」民族
第十章 オーストラリア・ニュージーランド・カナダ(イギリス連邦)——イギリスと共に日本軍と戦った各国の将兵たち
第十一章 中南米諸国
——戦争中の中南米とメキシコ軍の対日戦への参加
終章 太平洋戦争終結後の東南アジア諸地域
——東南アジアの各植民地はいかにして独立したか

「大国中心の第二次大戦観あるいは太平洋戦争観では、望まずして戦争に巻き込まれた周辺国および植民地とその国民・住民を無視したり、周辺国や植民地を『大国間の争奪対象』と見なす視点に陥る危険性があるように思います。…第二次大戦や太平洋戦争を『大国だけの目線』だけで認識し、理解することは、戦争中の大国であった大日本帝国と同様の、日本人以外のアジア人を見下す思考にも繋がりかねません。そのような陥穽を避けるには、周辺国や植民地のそれぞれの内情を知り、周辺国や植民地の人々の目に当時の日本軍や大日本帝国がどう映っていたのかを、謙虚に知ろうとする努力が必要であるように思います。」(本書「あとがき」より)


12) 一ノ瀬俊也 『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』 講談社現代新書 2014年

一ノ瀬俊也 『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』 講談社現代新書 2014年
一ノ瀬俊也 『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』 講談社現代新書 2014年

目次

第一章   「日本兵」とは何だろうか 
第二章 日本兵の精神 
第三章 戦争前半の日本軍に対する評価——ガダルカナル・ニューギニア・アッツ 
第四章 戦争後半の日本軍に対する評価——レイテから本土決戦まで

日本軍というと、精神論ばかりを振り回したり、兵士たちを「玉砕」させたりする組織というイメージがある。日本軍、特に日本陸軍の実像をどうとらえるべきなのか、本書は、戦争のもう一方の当事者である米軍が軍内部で出していた広報誌『Intelligence Bulletin(情報広報)』を用いて、米軍が、日本軍、そして日本人をどうとらえていたかを探る。たとえば『情報広報』には、日本兵個人の特徴として、規律は良好、準備された防御では死ぬまで戦うとある一方で、予想していなかったことに直面するとパニックに陥る、自分で物を考えないといった分析がされている。危機の中で生きた日本人とは何かを問う。

13) 吉見義明 『日本軍慰安婦』 岩波新書 2025年

吉見義明 『日本軍慰安婦』 岩波新書 2025年
吉見義明 『日本軍慰安婦』 岩波新書 2025年

目次

Ⅰ 軍慰安所の最初の設置——満洲事変期
Ⅱ 軍慰安所の大量設置——日中全面戦争期
Ⅲ 東南アジア・太平洋地域への拡大——アジア太平洋戦争期
Ⅳ 女性たちはどのように集められたか
Ⅴ 軍慰安婦が置かれた状態
Ⅵ 軍慰安所と兵士と日本社会
Ⅶ 日本軍と日本政府はどのような法律に違反したか
Ⅷ 敗戦直前および敗戦後の状況
おわりに 軍慰安婦賠償運動の歴史と残された課題


同著者の『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)刊行以降30年間に明らかになった資料や新たな証言、新しい研究成果や考え方を取り入れている。

「日本慰安婦問題の本質とはなんだろうか。少なくともつぎの四つを指摘できるだろう。第一に、その本質は、武力紛争時における女性に対する性暴力であり、重大な人権侵害であるということである。第二に、日本人であれ、他のアジア人であれ、経済的に貧しい境遇に置かれた女性たちが軍慰安婦にされたという意味で、はなはだしい階級差別であった。第三に、日本人以外のアジア人女性は未成年であっても、性買売の経験がなくても軍慰安婦にされたという意味で、また、ヨーロッパ人女性が強制的に軍慰安婦にされたことが発覚すると軍中央はそれをやめさせたが、アジア人女性の場合はそうではなかったという意味で、人種差別・民族差別であった。第四は植民地責任の問題である。多くの朝鮮人・台湾人女性が軍慰安婦にされたこと、多くの中国や東南アジア・太平洋地域の女性たちが軍慰安婦にされたことは、植民地支配あるいは勢力圏・植民地獲得戦争での日本軍・日本政府の過酷さを示すものであった。」(本書「おわりに」より)

14) 外村 大 『朝鮮人強制連行』 岩波新書 2012年

外村 大 『朝鮮人強制連行』 岩波新書 2012年
外村 大 『朝鮮人強制連行』 岩波新書 2012年

目次

序 章 朝鮮人強制連行を問う意味
第1章 立案調査と準備不足の始動
第2章 「余剰」なき労働力の実情
第3章 押しつけられる矛盾
第4章 広がる社会的動揺と動員忌避
第5章 政策の破綻とその帰結
終 章 暴力と混乱の背景と要因

本書は、1939年に開始され終戦まで続けられた、内地人をも含む戦時労務動員全体の中に朝鮮人の労務動員を位置付けることで、同じ日本帝国の支配領域でありながら、内地と朝鮮の間でいかに労務動員にまつわる法制度や勅令に違いがあったかということや、その背景にある官僚や財界人らの総力戦遂行のための植民地の利用の仕方を明らかにする。また労働の法的あり方や労働環境などにおいて、朝鮮人に対して極めて差別的・強制的であったこと、強制連行は農業を主体とする朝鮮産業に大きな損失をもたらしたことを挙げている。今日の外国人労働者の状況を考える上でも参考になる。

15) 清水靖子 『新版 森と魚と激戦地 はじめて明かされる太平洋の住民たちの受難と抵抗』 三省堂書店 / 創英社 2023年

清水靖子 『新版 森と魚と激戦地 はじめて明かされる太平洋の住民たちの受難と抵抗』 三省堂書店 / 創英社 2023年
清水靖子 『新版 森と魚と激戦地 はじめて明かされる太平洋の住民たちの受難と抵抗』 三省堂書店 / 創英社 2023年

目次

第1章 サイチョウの森のお話―ニューブリテン島ワイド湾の悲劇 《パプアニューギニア》
第2章 ラバウル恐怖の軍政と「日本皇軍慰安所」―憲兵と女たち自身が語る 《同上》
第3章 星降る夜の深い悲しみ―マヌス島の星の夜とセピック河でのティンブンケ村民虐殺事件 《同上》
第4章 激戦地の海をカヌーで渡った少年の話―ガダルカナル島での秘話 《ソロモン諸島》
第5章 生命の蛍が舞う飛行場の不思議―星のようなきらめきの物語と抵抗の数々 《同上》
第6章 赤い鳥ククユンジューの森―クリスマスに伐採企業を追い出した女たちの物語 《ソロモン島ベララベラ島》
第7章 第4艦隊海軍病院における生体実験ほか―  第4艦隊海軍病院での生体実験〈トラック諸島デュプロン島〉 / 「秋風」船上での民間人処刑〈パプアニューギニア〉 / バラライ島での英軍捕虜集団虐殺〈ソロモン諸島〉
第8章 子どもたちから水源郷を奪った伐採企業―日系三大伐採企業の時代~マレーシア企業リンブナン・ヒジャウ社の時代 《パプアニューギニア》
第9章 地球最後の原生林の村からの癒やしのメッセージ―新型コロナウイルスに席巻されていく地球への示唆
第10章 女たちの受難と抵抗―知恵と勇気とやさしさと「ココナツ・ワイヤレス」のネットワーク
第11章 放射性廃棄物の海洋投棄計画を中止させた!――ミクロネシアの人々
第12章 誰が太平洋のマグロを消してきたのか―破れた防護服が語るもの
第13章 樹から魚が湧き出てくる――樹を伐ったら洪水になった

著者はベリス・メルセス宣教修道女会会員である。1980年代にグアムやサイパンで教育活動に従事する傍ら、住民と共に日本政府による放射性廃棄物の海洋投棄計画反対に尽力。帰国後、太平洋諸島の環境問題、特に熱帯雨林を守る活動を住民と共に展開し、またアジア・太平洋戦争中と戦後の日本の責任を問い続けている。

16) 一ノ瀬俊也 『昭和戦争史講義 ジブリ作品から歴史を学ぶ』 人文書院 2018年

一ノ瀬俊也 『昭和戦争史講義 ジブリ作品から歴史を学ぶ』 人文書院 2018年
一ノ瀬俊也 『昭和戦争史講義 ジブリ作品から歴史を学ぶ』 人文書院 2018年

目次

第一講 お話ししたいこと 「昭和」とはどんな時代か
第二講 大衆社会の出現――関東大震災(『風立ちぬ』①)
第三講 飛行機と戦争――三菱はなぜ二郎を傭い飛行機を造るのか(『風立ちぬ』②)
第四講 貧困と戦争――シベリアと満洲事変(『風立ちぬ』③)
第五講 飛行機と戦艦の主役交代――二郎のドイツ行きをめぐって(『風立ちぬ』④)
第六講 社会主義――ゾルゲ事件とその背景(『風立ちぬ』⑤)
第七講 病と結婚――二郎の結婚はなぜさびしいか(『風立ちぬ』⑥)
第八講 日中戦争――九六陸攻と重慶爆撃(『風立ちぬ』⑦)
第九講 日米戦争――零戦が対米戦争で果たした役割(『風立ちぬ』⑧)
第一〇講 日本とイタリア、そしてアメリカ――恐慌のなかで(『紅の豚』)
第一一講 空襲――神戸はなぜ炎上したのか(『火垂るの墓』①)
第一二講 飢え――戦争末期の国民生活(『火垂るの墓』②)
第一三講 敗戦――人びとは何を思ったのか(『火垂るの墓』③)
第一四講 戦災孤児――皆どこへ行ったのか(『火垂るの墓』④)
第一五講 高度成長――まとめにかえて(『となりのトトロ』・『コクリコ坂から』・『平成狸合戦ぽんぽこ』)

『風立ちぬ』、『紅の豚』、『火垂るの墓』からいくつかの場面を取り上げ、その時代背景を解き明かす。各講にはよい参考文献が示されていて、研究を深めることができる。映画を鑑賞しながら、読むとよい。

17) 荒井信一 『空爆の歴史――終わらない大量虐殺』 岩波新書 2008年

荒井信一 『空爆の歴史――終わらない大量虐殺』 岩波新書 2008年
荒井信一 『空爆の歴史――終わらない大量虐殺』 岩波新書 2008年

目次

第一章 二〇世紀の開幕と空爆の登場――幻惑された植民地主義
1 「文明」と「未開」の距離――空爆への過大な期待 / 2 空からの統治――ターゲットにされる住民 / 3 国際法の「例外」――植民地と空からの毒ガス戦
第二章 「ファシズム時代」と空爆――無差別爆撃を許す「文明世界」
1 「人道的な帝国」の非道とゲルニカ実験 / 2 中国民衆の「抗戦意思」への攻撃
第三章 総力戦の主役は空戦――骨抜きにされた軍事目標主義
1 空爆に賭けられた戦争のゆくえ / 2 勝利のカギとしてのドイツ都市破壊 / 3 戦争の終結と勝利を急ぐ戦意爆撃
第四章 大量焼夷攻撃と原爆投下――「都市と人間を焼きつくせ」
1 東京大空襲は、いつ決定されたか / 2 都市焼夷攻撃とアメリカの責任 / 3 原爆はなぜ投下されたか
第五章 民族の抵抗と空戦テクノロジー――「脱植民地」時代の空爆
1 抹殺される空爆の記憶 / 2 朝鮮戦争と核の誘惑 / 3 ベトナム戦争――多様化する空戦テクノロジー
第六章 「対テロ戦争」の影――世界の現実と空爆の規制
1 無差別爆撃への沈黙と規制への歩み / 2 記憶の再生と慰霊の政治学 / 3 隠蔽され続ける一般住民の犠牲

空爆の特徴の一つは、一般に空爆する側が空爆される側に対して圧倒的勢力を持っていることである。まず空爆はヨーロッパ諸国の植民地制圧の手段として登場した。空爆を正当化する理論は、多くの場合、空爆する側の被害を最小限に食い止め、紛争を早期に終結させるためということである。日中戦争における南京や重慶に対する爆撃、アメリカが制空権を掌握した後の日本に対する爆撃や原爆投下もその論理であった。またベトナム戦争時の北爆、最近のイスラエルによるパレスティナへの爆撃やミサイル攻撃、そして現在も続いているミャンマー国軍による爆撃・・・空爆やミサイル攻撃で苦しむのはまず武器を持たない人々である。空爆やミサイル攻撃に関する根本的問題点を明らかにする書である。

18) 水木しげる 『総員玉砕せよ! 新装完全版』 講談社文庫 2022年 (1995年に講談社文庫で刊行されたものに、構想ノートの一部などを加えたもの)

水木しげる 『総員玉砕せよ! 新装完全版』 講談社文庫 2022年
水木しげる 『総員玉砕せよ! 新装完全版』 講談社文庫 2022年

「この『総員玉砕せよ!』という物語は、九十パーセントは事実です。・・・軍隊で兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は“猫”位にしか考えられていないのです。・・・となりの地区を守っていた混成三連隊の連隊長は、この玉砕事件についてこういった。『あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか』 僕はそれを耳にしたとき『フハッ』と空しい嘆息ためいきみたいな言葉が出るだけだった。あの場所をそうまでにして・・・、なんという空しい言葉だろう。死人(戦死者)に口はない。ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。」(本書「あとがき」より)

同著者による『昭和史』全8巻の第3巻から第6巻はアジア・太平洋戦争の部分にあたっている。『昭和史』に登場するナレーター役の「ねずみ男」のナレーションには、著者の歴史観・戦争観が反映されている。

19) 渡辺 清 『海の城 海軍少年兵の手記』 角川新書 2024年  (1982年に朝日選書で刊行)

渡辺 清 『海の城 海軍少年兵の手記』 角川新書 2024年 (1982年に朝日選書で刊行)
渡辺 清 『海の城 海軍少年兵の手記』 角川新書 2024年 (1982年に朝日選書で刊行)

20) 渡辺 清 『戦艦武蔵の最期』 角川新書 2023年 (1982年に朝日選書で刊行)

渡辺 清 『戦艦武蔵の最期』 角川新書 2023年 (1982年に朝日選書で刊行)
渡辺 清 『戦艦武蔵の最期』 角川新書 2023年 (1982年に朝日選書で刊行)

著者は、1925年静岡県生まれ。1941年、横須賀海兵団に入団(志願兵)、1942年戦艦武蔵に乗り組む。マリアナ、レイテ沖海戦に参加。戦艦武蔵撃沈のさい、遭難し奇跡的に生還。太平洋戦争の生き残りとして戦火の経験を小説の形で書き残した。